観客である私の方こそ、滑稽な見世物になっているんではないだろうか。あの女狐は、哀れな妖怪仙人をうっとりと脳裏で描いているような気がした。
 心を失った父親が最期の瞬間に心を取り戻しかけ、息子は隠してきた己の素性を認め、皮肉屋の演出家は真っ二つ。
 失ったものは多くとも美しいあなたが最後に一人立ち上がる。なんてきれいな結末だろう。
 傷つきながらもなお歩みを止めなかった片割れを、私はいつだって見ているだけだ。会いに来た弟を追いかけて会おうとしなかったのは私の方だ。ただじっと、舞台に上がらず観続ける客を選んだ。

「二人とも死んで、めでたしめでたし」
「姉さん」

 観ていたことに途中から気づいていただろうに、姉と呼ぶ相手に笑ってしまう。
 私を見つめる姿は妖怪の姿。私は変化したまま、見た目だけは人間だけれど、私を見るその瞳は私よりもよほど人間のものに近い。

「墓なら作ってるから来たいなら教えてあげる、って言っても封神台に行けば会えるんだっけ?」
「知ってたんだね?」

 それは通天教主という名前の抜け殻のことだろうか。王天君という存在がこの子を憎んでいたことだろうか。全部だろうか。もちろん、私はそのすべてを知っていた。
 少し前に妖怪である自分を恥じるようにし、師匠に抱かれ守られていた子どもとは思えなかった。わずかな間でここまで成長する相手を私は苦々しく思う反面、眩しく思えて仕方ない。
 私よりも出来た片割れ。天才。仙人界でも有望株のあなた。才能という点では雲泥の違い。双子というのが嘘のよう。私の才を持っていったように、他を突き放す能力。唯一劣らないのは変化の力だろうか。それすらも、土台の違いで変化できるものもその質も劣ってはいるけれど。

「あの人は随分前に死んでしまったよ。心を塵になるまで砕かれ、あの日確かに死んだの」
「助ける気はなかったというのか」
「愛されていたのはあなただけ。才のない私はこっちに残っても仕方がない。才のあるあなたが生き残り生きて欲しい。あの人は、あなたを愛していた」
「違う! 父上は姉さんの名前も呼んでいた!」

 思っているよりも大きな声が出たのだろう。私も彼も目を丸くした。
 彼は気まずそうに目を伏せ、私は真っ直ぐな言葉に口元を歪ませ笑う。
 あの人は私を地獄に落としたし私もあの人を地獄に落とした。毒された分を知らぬ振りで返した。それがこの島での父と娘の全てだった。

「きっと誤解は解けたはずだ。あの人は私を愛していた? そんなこと、どうであろうと関係ない。もう終わったことだよ」
「どうして」
「許せなかっただけ。ここに残したことじゃない。才を見限ったからじゃない」

 私より随分と背の高いあなたは、どんな二百年を過ごしたんだろう。私の知らない時間は至福だったのか。それの崩壊を止めることもしなかったのは私だ。あなたが絶望してくれたら、私と同じところまで堕ちてきてくれたら。そう思って生きてきたから。
 王天君を見てきた。あの子の不幸な様を見てきて妲己の恐ろしさを目にして、なお動かなかったあの人。結果的に王天君を見捨てたようになった。わが子の代わりに迎え入れた子をひとりにさせ心を病ませた。それを知っていたから、私への愛もわからなくなった。
 王天君は自分を含めて全てを壊していった。私の声は届かずあの目は破壊を受け入れた。あの姿を目にしてその原因となったあの人を受け入れることも出来なかった。何も出来ない自分にも吐き気がした。
 利用され、力もなく、憐れまれるだけの私を、私は見限った。

「あの人は許せなかった。自分のことは憎かった。……私は、あなたがいたらなんでもよかった」

 暗闇から見たあなたは輝いているように見えた。混沌から見たあなたは美しいまでの秩序を背負っているように見えた。
 手を伸ばし、頬を撫でた。やっと届いた。私の手を、振りほどくこともなく受け入れられることが笑えて仕方がない。

「希望が欲しかった。それが私のところまで堕ちて欲しかった」

 それでも己の手で希望を堕とすことも出来ずただ見ているだけだった。絶望に染まる瞬間が見たかったけれど、そのあとは私の希望はなくなることを意味していた。私の縋る存在を失うことを意味していた。

「結局、私は醜い愚かな妖怪のままだった」

 絶望から這い上がり生きるあなたは今もなお、焦がれるほどに眩しい。


希望綺想曲
(私の希望、私の生きる先)