「たまには遠回りしてみようか」
ご機嫌な様子で微笑みかけてくれる相手に米屋は素直に頷いた。
バイトと防衛任務のシフトとお互いの学校行事との合間をくぐり抜けながらも二人きりで会うことは難しいながらもできないわけじゃない。
彼女のバイトが終わるまで補習の課題に取り組んで本部から帰り道を二人で並んで歩く。課題に取り組んでいないのがバレると一緒に帰ってくれないことを米屋は経験をもって理解している。
二人での帰り道は警戒区域を抜けてからのわずかな時間だったけれどその時間、彼女は米屋が手をそっと握れば握り返してくれるようになった。最近では握ろうとする前に彼女の手が自分の手を探すように動いているのを見て内心ガッツポーズもした。
最初は誰に見られるかわからないなんて、付き合ってるのに何を言うのだと呆れたけれど今や何を言う前に手をするりと、しかも恋人つなぎで絡めてくるのだから習慣づけは大事だと勉強の度に言われていたことを実感する。
「どしたの」
「陽くんがもう少し一緒にいたそうだから、ゆっくり遠回り」
歌うような言葉は米屋が、と言いながら本人の願っていることだろう。
それを口にしてしまえば彼女はせっかく絡めた手をほどいて早歩きで分かれ道に向かってしまう。
何度も学んだ米屋少年はそのご機嫌な声色に合わせて頷いた。彼女の言うことも間違いではない。長く一緒にいられるのならもっと一緒にいたい。できれば手も繋いだまま、その体温を感じていたい。
日没を迎えた街はまだ夜も深い時間ではないとはいえ高校生が夜道を歩くにはギリギリの時間だ。あんまり遅いと年上の彼女は年上らしく早く帰らないとと急かしてしまう。
大学生の彼女がいる、なんて言えば本来なら机に乗り出して根掘り葉掘り聞かれるに違いないのに米屋の彼女は真面目が過ぎるぐらい真面目だ。
「……なあなあ」
「なあに?」
住宅街、横は街頭の光から少し外れた誰かの家の壁。玄関からは遠い。向かいは更地。これなら多分、ギリギリ怒られない。
覗き込むように彼女の唇を攫えば息を呑むのが米屋にもわかった。
「陽くん、ここ、道ばた」
「なかなか二人になれるとこねーもん」
もう一度触れて、抵抗が無いのでそのまま欲張って唇が開かれないかと試してみたが流石にそれは許してくれないらしい。
残念だけれどまた今度と名残惜しく離れることとする。
「俺高校卒業したら絶対一人暮らしする」
「……」
「やましいこと考えてるって思ってる? せーかい」
「考えるなとは言わないけど」
人がいなくて誰も来ないなら隣の彼女もその固く閉じた唇を柔らかく開いては米屋のことを求めてくれるのを米屋は知っている。だから少しぐらい、夜の帰り道に味わいたいと思うのは許されるだろう。
「玉狛だとたまに迅さん会うと生ぬるい顔されるんだよなー」
「やめて。あの顔のこと日頃考えないようにしてるんだから!」
「でもこないだ部屋にいた時」
「わー! 聞こえない! 聞こえません!」
「はいはい」
部屋での姿も今のこの姿もどれもこれもが米屋だけの知る彼女だ。もしも迅がそれを視たとしても向けられている相手はただ一人に変わりはない。
二人のときに蕩けるように体の力が抜けてこちらを見つめるその瞳を今目の前の彼女に重ねてしまう。
もう少しだけ、あんな風に。
どちらからともなく、お互いの表情がわからなくなるぐらい近づいて、そうして再び二人で秘密を分け合った。
(わけあう秘密)