息を吐けば白い息が広がり、頬を冷たい風が切る。
 首元にレックウォーマーをして、コートを着てはいるけれどそれでも布越しに伝わる冷気は真冬のそれだ。例年よりも冷え込んだ年末年始の気温は年明けまでしばらく続くという。
 米屋は年の瀬最後の防衛任務帰り、街を一人で歩いていた。
 三輪隊の面々とは作戦室で一応今年最後のミーティングをしてから解散し、まだ本部に残るという三輪と月見を置いて残り三人で警戒区域外まで一緒に帰った後、先程解散した。
 本部に残ってランク戦をしようにも年の瀬も年の瀬、ということになれば県外組は帰省中だし、その分シフトも変則だし、三門にいても家のことも含めて他になにやら忙しくなる隊員も多く、結局ちょうどいい遊び相手も見つからず、米屋は他の三輪隊の二人にならって帰ることにした。
 ただ家に帰るのもなんだなあと真っ直ぐ帰った二人とはよそにふらりと街中を歩いてみれば、年の瀬でも繁華街は人で溢れていて、三門に帰省する人間もいなくはないし、学生も社会人も冬休みに入っているところが多いためか通りは雑多な雰囲気だ。
 年の瀬という、暦が変わることに焦燥感を覚えるのか、妙に浮き足立った気配で人々は歩いている。
 米屋も本部を出るまではそう思うこともなかったけれど、いざこうして街中の雑踏に溶け込んでみればどうしてだかその気分に足を引っ張られてしまう。
 ざわざわと、引っかかっていたことが頭をよぎる。

「……年末か」

 冬休みだからとどうにかこうにか一度ぐらい、本部以外で会えないかなと思った人には「バイトのシフト入れまくったから無理」と言われてしまった。
 その人は米屋よりも三つ年上で、米屋は詳しくは知らないけれど玉狛支部に住んでいて、そして今年の春、大学生になった時からボーダーの食堂でバイトを始めた。
 最初はただ食堂の飲み物が美味しくなって、それがどうしてか気になって、確かめようとしたら彼女が理由だった。当然、米屋としてはより美味しい飲み物が本部で飲めるなら越したことはない。自販機よりも高いけれどボーダーでの給与を特に使うわけではない米屋にとってささやかな趣味とも言えるお金だった。

「まあデートって言われないだけ、ましか」

 ランク戦にポイントが関わらない模擬戦も含めれば米屋はランク戦室にかなり入り浸っている人間だろう。
 弧月を槍型に変えるまでは開発室にも入り浸っていたし、それ以外の時間は学校ぐらいだ。
 そんな米屋のボーダーと学校だけの生活に今年からは食堂ですごす時間が増えた。それは些細な時間だったけれど米屋にとっては今までとは違う新しい時間になった。
 美味しい飲み物を飲めるとなればそこで飲むし、それが本部内なら万々歳だ。自販機の飲み物だって米屋の好きなものはあるけれど、人の手によって淹れられるものとはまた話が別だった。
 彼女、さんが淹れる飲み物は米屋にとっては好きな味で、その人がおすすめの茶葉を教えてくれれば飲みたかったし、さんがいれば自然と話しかけていた。
 別にそれは米屋にとって特別なことではなくて、ただなんとなく自分がしたいようにしていただけだったのだけれどそれでもそれは米屋がさんについて考え出すには十分なことだった。
 そうして声をかけて話をする機会が増え、顔を認識して、運命的になんていわないけれど、人が人を好きになるのは十分な時間があった。

「来年は年越しとか……ってその前にクリスマスとか、だな。その前に来年すぐはバレンタイン……とりあえず義理でもいいから候補に入っときたいよなあ」

 通り過ぎる人は家族連れや冬休みで集まった友人たち。年始に向けて買い物をしていたり、久しぶりに会うことを楽しんでいたり、今の米屋にとっては少し眩しいくらいだった。
 多分、かわいい年下の高校生、ぐらいになれているのは米屋にもわかっていて、それが他のボーダーの面々よりも少し覚えがいいぐらいなのも彼は高校生らしからぬ冷静さでわかっていた。
 本当は、来年二人でこんな冬の最中に並んで歩いていたら最高だけれども、さすがに今の米屋にはそれはわからなくて。
 だからせめてもう少しだけ。今よりもさんに自分のことを考えたり、見てもらえるように。ただのかわいい高校生から意識するような男になれるように。
 今はただ、それを祈るのみだった。
 

 吹きすさぶ風に体をすくませ、結局、今日はただ真っ直ぐ帰ることにした。



(その先を教えて)