日差しはピークを越えたけれど日没には少し早い。照り付けるそれは日傘がなければ体力をどんどん奪っていく強さがあった。
「あちぃ」
「慶、早く帰るよ」
スーパーの買い物帰り、帽子を被れと言ったのに無視をした慶が暑さでうだるように後ろを歩いている。日傘に入れようと手招きした。隣に立たれると体温が高くて暑いけど、慶の持ってる荷物にはアイスクリームがある。私はアイスクリームを救いたい。慶は自業自得だ。私は出かける前に注意した。
「アイスが溶けるから早く」
「俺よりアイスかよ」
「慶は溶けないでしょ」
「溶けるかもじゃん」
適当なことを言いながらも慶はアイスが入った袋が日傘側に入るように隣に並ぶ。私は日傘を持つ手を高めにし、慶の頭が入るようにするとお互い外側の肩が飛び出してしまう。私は反対の手の荷物も日陰に入るよう内側に持ち直す。重い荷物は慶の担当、崩れやすいケーキの入った箱は私の担当。アイスもケーキも食べるのかという話だが暑すぎる残暑が全ての元凶だ。
「傘からはみ出るじゃん」
「アイスとケーキが無事なら私と慶は多少焦げても良いの」
「今日の俺主役なのに?」
「溶けて崩れたアイスもケーキも嫌でしょ」
ジリジリと私の肩を日が刺してくる。暑いのか痛いのか眩しいのか、不快感だけが確かだった。慶も似たようなものだろう。
スーパーまでの道のりが今みたいにあまりに暑くてノリで買ったアイスは帰ってすぐ食べないと食べ損なう。夕飯の後はケーキを食べるのだ。明日食べればいいと思う気持ちと、溶けかけているだろうアイスを食べてしまいたい誘惑に揺れ、私はあっさりと陥落した。何もかも、暑いせいだ。
「アイス、ベランダで食べようか」
「わざわざ暑い中食うの?」
「そういうものでしょ」
「ふーん」
冷房が冷える前の蒸し暑い部屋で窓を開けてベランダに出る。風もなく眩しく差し込む日差しに肌にまとわりつくじとりとした空気。暑い、と肌身に感じる全てを一言で雑に表して買ったアイスの袋を開ける。定番のスイカのアイスだ。慶はソーダのアイス。端から溶けて指先に伝ってきそうなアイスを慌てて口に入れる。外側の暑さに反して口の中だけがひんやりとする。想像しながら歩けばつ、と腕に汗が流れるのを感じた。
「早く帰ってアイス食べるよ」
「へいへい。てか帰りながら食えばいーじゃん」
「この道子どもがよく通るからお行儀の悪いことはしない」
「ふーん」
さっきから適当な返事ばかりの慶の頭の中は夕飯に買ったうどんとコロッケのことで頭がいっぱいだろう。今日の夕飯がそれでいいのかと聞いたけれど好物並べるんだから良いことだらけじゃん、と言われてしまった。他にもいくつかおかずも作るから良いことにする。献立のバランスの悪さは主役のご希望だから無視だ。
「家帰ったらお行儀悪いことしていいわけ?」
「……アイスは食べて良い」
含みのある質問を私がわざとらしくかわせば隣でおかしそうに笑う気配がした。
「他は?」
「何か知らないけど、私が怒らないことで、夜ご飯の後なら良いよ」
「ぶっ」
「慶」
諫めるような声は無駄らしい。持ち主が袋を持つ手で口元を押さえるのでガサガサと慶の手のビニール袋が音を立てた。
「いーなー。毎日今日になんないかな」
「ならない。ほら、馬鹿なこと言ってないで早く帰るよ」
「へーい」
連泊と、リクエストしたものを作るという今年の誕生日プレゼントはそれだけであれば安いものだろう。ただし、今日一日私が慶のおねだりを決して断らないことをもう慶は知っている。それを考えれば慶が持ち込んだ荷物がいつもより多いことを私は心配する必要がある。
加減を間違えない絶妙な勘の良さをここぞとばかりに発揮する相手の妙な気合の入れようを私はこの後げんなりしながら身をもって受け止める羽目になるのだった。
(ロマンティックヒーロー 幕間:夏の残り香)