糸が切れたように力なく伏せる背中を二宮は静かに見つめた。力任せに近い抱き方に悪態をつきながらも艶めいた声をあげるという器用なことをした相手の意識は今は遠くだろう。
二宮の手はその僅かな隙を狙うようにゆっくりと後頭部に伸び、触れるギリギリを狙うように撫でた。その僅かな動きに彼女の体が一瞬揺れたことに気づき眉をひそめたが手は止めない。
これが悪態をつかれる要因の一つであることを二宮は知っていたがそれでもしばらくの間壊れ物を扱うようにその頭を撫で続けた。
人の頭を撫でていると眠気に襲われたらしい。ふと目を開けると先ほどまで隣で意識を失っていた女がベッドに腰かけて下着を身に着けているところだった。
「帰るのか」
「明日も授業あるし」
「二限からだろう」
「……」
上半身を捻って振り返る相手の眉根は皺が寄りその目が二宮を睨みつけている。事実を指摘しただけだったがそれが気に入らないようだった。
「だから、何?」
「泊まればいい」
さらに顔を顰める。二宮は表情一つ変えていないがそれがムカつくのだと、不条理な悪態を吐かれたことがある。
「泊まって欲しいの?」
「そうだが」
今度は長い溜息。僅かに上がっていた肩が落ち、眉間の皺が緩み、睨む目つきが緩んだかと思えば眼差しに呆れを含んだ。
「こういう時、どう言えばいいか教えてあげる」
「何だ」
「一緒にいたいから泊まっていかないか」
なるほど、と頷いた。言い出したのは二宮だ。彼女の言葉の選び方は間違っていない。
「こちらだけか?」
言葉遊びなどせずに適当に話を切り上げて帰ることも彼女にはできるのだ。それをしない理由を二宮は彼女の表情で推測する。
「だから二宮ってキライ」
言われた言葉とは正反対の気安い諦めの瞳に二宮は知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
(天邪鬼)