他校の子がいる。
任務での不在の埋め合わせに課題を提出した村上は部活で残っている人間がそう言いながら通り過ぎるのを耳にした。
急ぎ足の村上にとってそれは他愛のない話だったがふと首を傾げる。
もしかして、という気持ちで校門までの道のりをかなりの早歩きで向かう。そうして見えた校門には見覚えのある人影が二つ。見間違うことはない。早歩きは駆け足になっていた。
「ちゃん、荒船」
駆け足とともに弾んだ声に二人が笑う。
「お、目当ての人物が来たな」
「来たね~お出ましだ」
他校の男女が二人。なんてことはない、己の彼女と友人だ。
荒船と距離が近いことがほんの少し気になったが気にすることでもない。本人たちも気に留めていない。それよりも気になることがあった。
「ちゃんどうしたの」
「今日鋼くんと一緒に勉強するって話してたらついでだってここまでてっちゃんが付き添いしてくれたの」
「迎えに行ったらちょうどいいって言っただろ」
「てっちゃんが正解だったねえ」
本部に行くという荒船と図書館に向かう約束をしていた二人は途中まで並んで歩くことになる。
歩き出す二人に合わせて村上はの隣に並ぶ。反対隣りには荒船だ。
挟まれた形に一番に反応したのは真ん中の人物だった。
「これ、両手に花なんじゃない?」
「そりゃまたむさくるしい花だな」
「そうかなあ?」
呑気に会話をしている二人は気安く親しさが見て取れる。
長い付き合いの気安さは村上との間にはまだ足りないものだろう。出会って二年程は長いようでいて隣の二人と比べれば短い。
「てっちゃんも鋼くんも強くてかっこいい花だよ」
村上の考えを吹き飛ばすように誇らしげに彼女は笑っている。
対して荒船は多少呆れの混じった声だ。
「は照れってもんを知らないのか」
「ホントのことだもの」
にこにこご機嫌なの様子に荒船は呆れたままため息を吐いているが村上の頬は自然と緩む。信頼している友人と彼女の平和な会話は和むものだ。
鈴鳴の支部でも気づけば顔が緩むのでや鈴鳴の彼らには癒やし効果があるのかもしれない。
微笑みながら様子を見ていればの頭越しから声が届く。
「彼氏どうにかしろ」
「ちゃんにいつもかっこいいって思ってもらえるよう頑張るよ」
「そうじゃねえ」
「自慢の従兄弟と彼氏だからいいじゃない」
荒船の調子はにとってはよくあることなのだろう。呆れられても気にすることがない。
はいつもこの調子で自分の思ったことははっきりと口にする。その点は荒船と親類というのがよくわかる。
村上のサイドエフェクトについて知った時もそうだった。驚かれはしたもののすごいねとはしゃいでどんなことができるのかと聞いては楽しそうに聞いてきた。
羨むことなくただ楽しげな彼女に好意を抱くのは簡単なことだった。
「じゃあ俺は本部に行くから。またな」
「てっちゃんまた明日〜」
「ああ、またな」
従兄弟で同い年、同じ高校だとそれなりに接点があるらしい。高校の違う村上は必ず明日会えるわけではない。つい羨ましくて去っていく荒船の背を長めに見送ってしまう。
とは言ってもと出会うきっかけは荒船からの紹介なので感謝こそすれど羨ましがる道理は本来ない。時折視線に気付いた荒船にも困ったやつだとニヤリと笑われたこともある。
じっと見送っていたことをは違う意味に取ったらしい。
「まだてっちゃんと話したかった?」
「いや、ちゃんと毎日会えて羨ましいと思ってた」
「ひゃ〜」
返事を聞きながら目を丸くし、最後には両手を頬に当てて表情を緩ませる相手に村上の頬も自然と緩む。
任務の無い放課後、村上は大抵補習や課題に追われるのだがそれを早めに終わらせればと会うことが多い。とはいえ任務やランク戦の合間を縫ってのことで頻繁ではない。
それもあっては時々鈴鳴支部に顔を見せる。来馬とは元々高校の先輩後輩で他の面子とも仲は良好だ。村上がいない時でも和やかにお茶をしている。窓口対応が多い時等は雑用係を買って出ているので半分鈴鳴の身内のような扱いになりつつある。
そうやって機会を増やしても別の学校に通いボーダーとして任務があるのだ。毎日顔は見られない。毎日会える相手に思うところがなくはない。
そうしたところからの発言だったがにとっては思いもよらぬものだったらしい。
「鋼くんはさらっとそういうことを言うんだ」
「そういうこと?」
「嬉しくて照れ臭くて嬉しいこと!」
「そうかな? ちゃんの方がさらっと言ってると思う」
かっこいいも自慢の従兄弟と彼氏も、思っていても口にするには照れ臭いとなる人も多いだろう。
はそこに思うところはないらしくにこにこと思ったとおりに口にする。良いことも言いづらいことも。
「うん? そんなこと言ったかな?」
「俺が好きで覚えてるから忘れててもいいよ」
「まあ、鋼くんが嫌なことじゃないならいいの、かな?」
首を傾げてそう言うとチラリと視線が向けられる。そしてはトントン、と指先を村上の手の甲に当てた。
それはいつからか彼女からの合図になっていた。人通りの少ない帰り道、手を繋ぎませんかと問いかけてくる。
触れられた右手を少し動かせば村上よりもやわらかい手の感触がある。外気にさらされてひんやりとした手だ。思わず握りしめ、そこからきゅ、と握り返される感覚に村上は思わず口元を緩めた。
「このまま遊びに行きたいなあ」
「いいな。天気も良いし」
そう言いながらも足は図書館へ向かっている。お互いテストが近いので閉館時間まで勉強をする約束をしているのだ。
任務の都合上補習が多い村上は課題や遅れた分の復習が必要だ。とは言っても去年から今日のように時々図書館での勉強は行っているので成績は二人とも悪くない。むしろ今のところ十分合格圏内だ。
しかし二人は受験生だった。合格圏内と言えど遊び回るわけにもいかない。
三年生になってから、図書館までの道は数少ないデートの道のりだった。
「遊びたいけどね、鋼くんと勉強するのも好きだよ」
「そうなの?」
「うん。問題解き終わって顔を上げるじゃない? そうしたら鋼くんが真剣な顔して私とは違う問題解いてるの。それ見るといいなって思うんだ」
照れ臭そうに笑いながら歩く姿に村上は頷き返す。
「そう言われると勉強するのも頑張ろうって思うな」
「現金だなあ」
「ちゃんから言われたらそうなる」
「ふふふ」
彼女が微笑むと腕を振る動作が先ほどよりも大きくなる。
ひんやりとした彼女の手は手を繋ぎだしてから少しずつ温かくなっている。荒船と学校を出た時から手袋をしていなかったのだろう。
付き合いだしてから手袋することが減ったのだといったのは去年のことだ。片方の手は手袋をしたまま、帰り道に寒いねといって手を繋ぐことが当たり前になっている。
けれど今年は受験もあるので手袋の出番が増えることもあるだろう。村上の手は大きく振れる手を離さないように先程よりも力が入る。
「早く受験終わればいいのにな」
「さっきと言ってることが変わってる」
「変わってないよう。遊びたいも勉強してる鋼くんが好きなのももっと一緒にいたいのも本当だもん」
少し唇を尖らせて手を振る彼女は素直に感じたことを口にする。
「ほら、ちゃんそういうところ」
「何が?」
「さらっと言ってる」
「……それって嬉しくて照れくさくて嬉しいこと?」
問いかける声に視線を向ける。彼女にとっては普通のことだったらしくその顔には照れくささも何もない。
「案外お互い気づいてないだけで言い合ってるってことだね」
「そういうものかあ」
その日、図書館で勉強中はいつもよりも目が合った。
お互い勉強の進みは芳しくなかったがたまにはそういう日もあるねと、帰りの足取りは二人とも軽い。
の家の近く、人通りがないところで誰にも見つからないように別れのキスをすればは照れくさそうに笑っていた。
「テスト終わったら一日だけデートしようよ」
デートは何度もしてきたし今日だって大きな枠ではデートだろう。
それでもデートに誘う時、はいつもと違って視線を外して躊躇いながら口にする。その姿に村上はいつも表情が自然と緩んでいる。
「もちろん。楽しみだな」
楽しみな気持ちを乗せてもう一度顔を近づける。
そっと離れてみた彼女は少し離れた街灯の光に照らされ、ふにゃりとはにかみ笑っていた。
(また明日)