「三輪くん」
ふわりと語尾が飛びそうな間の抜けた話し方をする女を三輪は一人しか知らない。
物好きな己のチームの隊員以外に気安くならまだしも親しげに話しかけてくるのは今のところ一人しかいない。
三輪は非常に目つきが悪いしとっつきにくいのだ。
「三輪くん」
本部の廊下でふわふわと聞こえてくる己の名に三輪は徹底抗戦した。そんな呼ばれ方をされてたまるかと、応えてなるものかと、迅に言わせれば面白いことを一人心の中で行っていた。応えなければ呼ばれなくなるかのように。
呼んでいる当の本人はそんな三輪の葛藤になどお構いない。そもそも構う人間は彼に話しかけるのを諦めている。
「三輪くん」
「馬鹿の一つ覚えのように人の名前を呼ぶな」
「気づいてくれたんだ、良かった」
致し方なく振り向いた三輪を出迎えたのは三輪と同日に入隊したのに未だにB級下位で留まっているだった。
個人戦ではそう悪くないランクの時もあるのだがいかんせん彼女は圧倒的に協調性に欠けていた。太刀川の方がよほど協調性がある。彼女と天羽がランクが離れているのに知り合いだと知った時三輪は驚かなかった。そういう変わり者なのだ。
面倒だとばかり歩き出すと彼女も同じように歩き出す。
「三輪くんは私が名前を呼んであげないと」
「意味不明なことを言うな」
入隊して間もないころ、訓練の折にパートナーになった彼女はその時以来三輪を友達と呼んで憚らず一部の人間には勇者扱いをされている。
シューターとして優秀だが何よりトリガーで遊ぶことを楽しんでいて任務の遂行にはあまり興味がない。
協調性に欠け彼女は彼女の興味を優先する上にその基準が些か一般とは異なるのでチームを組んではすぐ解散していた。ある意味天羽と同類だった。ついたあだ名はチームクラッシャーである。
そんな彼女は今日も脈絡なく三輪に話を振ってきた。
「三輪くんも、何かあったらって呼んでね」
「意味不明だ」
「簡単だけどなあ」
首を傾げる彼女の相手よりも訓練室で学ぶことの方が有意義なのに目の前の彼女はそれをすると次に会った時にそれを話題につきまとうので急がば回れと三輪は耐えている。
見た目だけで言えばかわいいもの、甘いものが好きなどこにでもいそうな高校生なのに彼女が好きなものはバイパーの軌跡の光だしトリオン体で重力に逆らうように跳ぶ時が楽しみだと宣言する変わり者だ。
もちろん、ボーダーにはそんな変わり者はそこそこにいるが、なんとなく意外だったのだ。
それ以前に脈絡のなさで彼女の変わった点はおおよそ説明がつくが。
「三輪くんって呼んだら、三輪くんは私のこと助けてくれる」
「お前に助けを求めろと?」
「うーん、と、三輪くんは私よりも強いけど、どうしても誰かを呼びたくなったら私を呼んでいいよ。なあにって、応えるから」
「意味がわからない」
眉間にシワを寄せる三輪に彼女は笑うばかりだ。
彼女の話はそれだけだったらしくじゃあねと訓練室にたどり着いた三輪に背を向ける。
「」
「え?」
「なんで俺だ」
くるりと振り返れば目つきの悪い少年が真っ直ぐ彼女を見据えている。聞いていないようで咀嚼して理解をしようとしている。
「ここで初めて優しくしてくれて、名前を呼んでくれたからだよ」
簡単でしょう。
ふわりと笑った彼女はトリオン体でもないのに足取り軽く立ち去った。
残された三輪だけが苦い顔でしばらく立ち尽くしていた。
(無重力アワー)