壁に手を当て浅い息を繰り返す。酸素が脳みそに届いてないぼんやりとした感じが少しずつマシになって、冷静さが壁に触れる指先から戻っていく。
白い壁と己の手がまず目に入る。先ほどまで必死に支えにしていた。今も手を離せばへにゃへにゃになって座り込むと思う。
僅かに下に視線を落とせば適当に投げ出された鞄と広げた両足、それから右足に引っかかったままの下着が見えた。視界の右端ではすぐ傍の玄関タイル。そこに脱ぎ捨てられた靴が哀れにも横たわっている。
地面の様子がめちゃくちゃなら纏っていた服もめちゃくちゃだ。ブラジャーは半分上にずらされたままで窮屈だし、たくし上げられていたスカートは動きが止まった今、ふわりと重力に従い元通り、のはずだけど他の様子と比べれば元通りの姿が不自然だった。
どういうことかといえばなんてことはない。性急な欲求の残骸の玄関で中途半端に服の乱れた私は自分の中から異物が引き抜かれた余韻をぼんやりと味わっていた。
そんな、まだ意識も体も判然としない中だというのに後ろから腕が伸び、私のお腹を捉えて引き寄せる。重心が後ろにずれ、無理やり上体を起こされたかと思えば首筋に自分以外の体温とざらりとした湿った感覚を感じて体が強張った。
「風間」
「何だ」
詰問するような呼びかけに相手はびくともしない。私が呼ばなければおそらくこのままこの中途半端な情事を続けるつもりだった。勘弁してくれと心の中で両手を上げて降参したくなる。
「次はさすがにベッドがいい、というかシャワー浴びさせてよ。その前に服」
首筋から顔を上げる風間の動きと呼吸で舐められた部分に一瞬風を感じる。汗でしょっぱいんじゃないのかなと思ったけど後ろの相手の顔は見えない。
「ベッドはいいが、シャワーはどうせ後で浴びるだろ」
文句を言うために振り向こうとすればその動きを手伝うようにそのままくるりと反転させられきゅっと軽く抱きしめられた。さっきまでの性急さはどこにいったのかと思う程優しい力で、開きかけた口を閉じてしまう。
もちろんそれを逃す風間ではない。我に返り再び反論しようとする私の唇をきれいに塞いでしまう。
壁に追い詰めるように迫り、言葉よりも雄弁な舌を絡ませてくる。そうなれば私の脳みそはあっという間に蕩けてしまうので、先ほどまでの言いかけた言葉なんて放り出し、崩れ落ちる前に、離れるまいと腕をその背中に回す。
理性なんて欲の前では無力だ。目の前にご褒美を見せつけられて飛びつかないなんて今の私にはとてもじゃないけどできそうになかった。
「じゃあ、シャワー浴びながらしようよ」
片手を風間の首に回したまま、もう片方の手はそろりと下に伸ばした。手の長さが足りない。けど、下腹部のあたりに指先を引っ掛けるようにすれば相手は一瞬押し黙る。
欲に負けるのは私だけじゃないのだ。
「体、洗ってあげる」
もう一押し。
体をぎゅっと押し付けて、熱に浮かされて誘ってみれば相手は嘆息。そしてもう一度唇を奪って貪るように味わわれた。
「厚意に甘えることにしよう」
体の力が抜けそうな私を見ても面白そうに笑うだけの相手を見て、ちょっと失敗したかもしれないと思ったけれど後の祭りだった。
(ケダモノごっこ)