「迅くん助けてえ」
電話越し、恋人の第一声がそれだった時、ぎょっとするのは仕方がないだろう。
その声は生の声よりも少し違うとしても明らかにその声はいつもと様子が違った。かすれて、明らかにのどを痛めている。
「さん? もしかして風邪ひいてるの? 今どこ?」
「家にいる」
「……薬と食べ物と、いるもの思いつく?」
「のどいたい。お薬ない」
返答はふわふわとしていてこれは今日の予定は変更だなと迅の頭の中はすぐに予定を組み替えていく。
そういえばここ数週、携帯で電話なり文面でやり取りはしても会うことはなかった。
迅の恋人はあまり嘘はつかないけれど隠し事はする。
それは別に誰だってあることだ。全てを正直に答えて生きるには世の中は複雑怪奇だし嘘も方便である。
ただ迅が他の人と違うのは未来視というサイドエフェクトがあることだろうか。
「わかった。適当に買ってすぐ家に行くから。鍵使うよ?」
「ん」
玉狛で防衛隊員をする迅と本部の職員として働くは所属する部署も場所も違うので、当然すれ違い生活も多い。そうしてなかなか会うこともままならないとなった時、一人暮らしのの家の合鍵を渡された。
迅は渡されたそれをなんだかんだ使ったことはなかったのだけれど今日は合鍵を持っていて良かったと思う。あの電話の調子では玄関に向かうこともしんどいはずである。
頭の中で今日の予定をすべてずらしていく。幸い、日を迫る用事は何もない。防衛任務も人と会う約束もなかった。だからこそ会えないかなと淡い期待で電話をしたのだ。
支部の面々に食事が要らないこと、帰りは遅くなるか、帰らないかもと伝えておけば問題ない。元々暗躍だなんだと支部を空けることはしょっちゅうだから大して問題はない。
「……これはわかってて避けてたな」
思い返せばなんとなくこの一週間、会おうと思えば会えそうな瞬間はあったのに彼女は仕事が、とかなんとか言って避けていた。おそらくその時点ですでに寝込むかもしれない予感はあったはずだ。
以前、今回のように風邪で寝込んだ時は迅がその未来を視て、休むように言ったもののずらせない仕事が立て込んでるのだと無理をして結局貴重な連休をまるっと寝込んでいた。
彼女はきっとそれを思い出して、ついでに運がよく二人とも忙しく、会わなくて済むのをこれ幸いとまだいけると仕事をしたのだろう。
「意地悪してるわけじゃないんだけど」
恋人の不調が見えていてその未来を勧める相手がいるのならみてみたい。未来が視えなくてもごく当たり前に体調を慮るだろう。
薬局に立ち寄って喉からくる風邪にききそうな薬を、と店員に聞いてついでにのど飴も買う。滋養強壮にとドリンク剤を買うけれどこれは後々気づいたときに飲みたければ飲めるように隠しておくことにした。飲まなければそのうち迅が飲めばいい。マスクも買い込む。
スーパーにも寄ってインスタントのご飯、おかゆ、たまご、スポーツ飲料、はちみつ、あとはとにかく手間のいらないインスタントで胃に負担の少なさそうなものをどんどんカゴに入れて買っていく。食べなくても忙しいときにいつか食べるだろう。
「うわ、重っ」
持てる量だがそれなりにかさばった荷物に思わず笑ってしまう。途中から買いすぎてるなと自覚はあったけれど足りない方がまずいだろうとどうやら迅も焦っていたらしい。
ふう、とひとつ深呼吸して落ち着きを取り戻す。
「さて、と」
なんで頼ってくれないの、とか言いたいことはあるけれどとりあえずはしっかり看病である。
ポケットの中の鍵の感触に不謹慎ながら少し笑って、迅は彼女の家へと向かった。
不謹慎な鍵音