行為の間はスイッチが切り替わったかのようにいつもの自分ではない気がしている。目の前のことに忙しく、他のことを考える余裕がない。
 行為後、ゆっくりと意識が現実に近づくのを感じながら服を着ることもなく横を向いて隣の相手を見つめ合うようにしていた。
 けれど相手と違いどうにも真正面から目を合わせられなくて彼女の喉元あたりを見つめていた。現実を認識すれば思考が追いやっていたものを捉え始める。

「悠一」

 名前を呼ばれれば視線を顔に向けるしかない。のっそりと怠惰な動きで顔を動かせばしっかりとこちらを見つめる瞳と目が合った。

「今、君の目の前にいるのは誰?」

 ニヤリと笑う姿に今目の前の相手を見ていないことがバレていたのを知る。
 この人はとても勘が鋭いのだ。責めるわけでもなく、からかうような瞳がこちらを見ろと挑発する。その表情に煽情的というよりも勇ましさを感じてしまう。

「ゴメン」
「謝罪よりも行動で誠意と愛を示してよ」

 からかいを多分に含めた声色に気負うところなんてどこにもない。歌うように、簡単だと言わんばかりに望まれればそれに応える以外にない。
 その手を取り、指先に口づける。

「好きだよ」
「それだけ?」

 ご不満な相手の手のひらにも口づけ、そこからおでこに、眦に、頬に、唇に、ゆっくりと触れては離れていく。

「大好き」
「もっと」

 こっちの躊躇いも照れくささもお見通しなんだろう。まだ言えるでしょう、と瞳が雄弁に語っている。考え事の前に自分を見ろと、煌々と燃える炎のようだ。
 強く強引にも思える態度かと思えばどんな未来を選んでも彼女はいつだって楽しんで笑って選択を受け入れる。
 今この瞬間だってそうである。これ以上を躊躇っても、躊躇わなくても、彼女は笑っている。
 それなら、とおれは彼女が一番楽しそうに笑う未来のために言葉を選びその体を引き寄せることにした。

「おれの頭、さんでいっぱいにして」
「ははっ。いいよ。お望み通りにしてあげる」

 その笑顔に満足する瞬間、噛みつかれるように唇を塞がれその勇ましさに今度はおれが楽しくてたまらなくなっていた。
 彼女の優しさに甘えて今だけは考えることを止める。好きだよとキスの合間に囁やけば知ってるよとやわらかい声が返ってくるので思わず目を閉じた。

さんといると、いいね」
「そうだよ。もっと示してよ」

 欲しがる彼女は結局のところおれにわかりやすくしてくれる。欲しがるのは嘘ではないけれど言葉と裏腹に声はどこまでも優しい。
 与えろと求める彼女に与えられてるのはどちらかわからないなと思う。

「悠一?」
「なんでもないよ」

 湧きあがった感情を上手く言葉にできないのでせめて望まれる通りに気持ちを乗せて抱きしめることにした。



(お気に召すまま)