放課後、部活に行くのと同じようなノリで真っ直ぐにボーダーに向かうのが常だ。もしくは授業の途中で抜け出し、そのまま学校へは戻らない。
 クラスメイトと仲が悪いわけではない。特別良いわけでもない。どうしたってボーダーで顔を合わせる相手の方が話しやすいし話題も多いから、つい、出水はそちらへ逃げてしまう。逃げていると、誰も思っていないだろうけれど。出水自身が心の中でそう思っている。
 だからその日、放課後になってもボーダーに行くこともなく、真っ直ぐ家に帰るでもなく教室で残って課題をする振りをすることは出水にとって普通の高校生っぽいことだった。

「出水、課題終わった?」

 部活生はもう出払って、バイトへ向かったり、家へ帰る生徒はもう教室には残っていない。教室に残っているのは出水だけだ。それを見計らうかのように隣のクラスから顔を覗かせた彼女はちらりと廊下を見て、それから教室の中へと入ってきた。

「あとちょい」
「今日は何? ああ、数学の小テストだ」

 出水の前の席に座り、広げた用紙を見て彼女は頷いた。隣のクラスと数学の教師は同じで、その教師は受け損ねた小テストを課題代わりに提出するのだ。昨日防衛任務で抜けた時間が数学で、これを出せば今日学校ですることは終わりだった。
 机越しとはいえ学校のそれは狭くて、覗き込む彼女との距離は近い。先ほどよりも数式を解く頭が鈍く、手ものろのろとしか動かない。

「はーやーくー」
「うっせえ。邪魔してんのそっちだろ」
「何にもしてないよ」

 彼女の言う通り、ただ見ているだけで一言急かすのが何もしていないのならばそれは正解だろう。彼女はただ見ているだけ。
 あと一問、出水はこの解法を本当は知っている。

「あとちょいだから」
「答え教えてあげようか?」
「わかるって」

 はいはいと、机から目を離して鞄から携帯を取り出す彼女を見て出水はこっそり息を吐いた。
 グラウンドから聞こえる運動部の声を聞き、ぎゅうぎゅうだった教室の中でたった二人きり、夕日が差し込む中で課題を解き、それを待ってもらう。
 そういうことをしたかったと言えば時間がもったいないと怒られるのはわかっていた。

「早くしないと今日駅前のパンケーキ食べに行くよ」
「は? 聞いてない」
「今思いついた」
「甘いの好きだな」
「いいから早く解いて」
「はいはい」

 適当な返事でも彼女は気にすることもなく、いつもと同じように出水が課題を終えるまで待っていてくれる。
 この後、パンケーキ屋で自分が呆れた顔をしたり、それに彼女が怒ったりしながらも出てきたパンケーキはお互い完食する。彼女はきっとトッピングがたくさんで、出水は一番定番のものになるだろう。女性客のおしゃべり声で満ちている店内に最後は辟易し、もうしばらくはお願いされても行かないと思うところまで想像できた。
 それでも、出水はプリントに向かいながら彼女に見えないよう、こっそりと笑みを浮かべるのだった。




(あこがれ)