『呼び出し。今日は無理』
どこに、誰から、という呼び出しを受けた詳細はない。文面からはニュアンスも伝わらなかったけれど無理だけが確定事項のようだった。
ただ詳細を伝えられなくても東にはその検討はついていたし、こういった断わりは日常茶飯事でもある。ふむ、と携帯の画面を落としてどうしたものかと考える。
これと言って公言はしていないが隠してもいない交際相手のはボーダー本部内のメディア対策室に所属している。付き合ってみると他部署だが同じ職場ということもあり程々に都合が良かったり、思ってもいないところが都合が悪かったりとするが付き合う中でごく普通にあり得る範囲だろう。今のところ順調な付き合いといえた。
ボーダー本部内で顔を合わせる際には立場も考慮して恋人としての顔は見せないだが恋人として付き合ってみれば感情表現はわかりやすい。
会う機会を逃す度に悔しそうにしているらしいことは時折耳に入るしその後会えばいつもより積極的にスキンシップを取ってくることを東は知っていた。
それでも会えなくなったには違いない。画面を見て思ったことをそのまま打ち出した。
『それは残念。楽しみにしていたんだが』
音として再生されるようにいつも通りの口調を文面に打ち込み送信すれば、間もなく既読がついたけれど返事は来なかった。
***
「東ってなんなの」
「有能なボーダー防衛隊員」
「知ってる……都合良く使われる私とは違う“みんなの東さん”よ」
都合良く、とは言うものの彼女の言う都合良くはそれなりに人を選ぶ用向きで呼ばれることを指している。それは東とは違う方向で本部側から有用とされているのだが本人からすれば使いやすい準捨て駒認識だというのだから自己評価が低いというものだろう。
風間は小さく相手に気づかれないように嘆息した。
「そしてあんたも“みんなの風間さん”よ」
「自分が帰り際だからって絡むのやめてくれませんか、“みんなのさん”」
「だって今日は久しぶりに夜、空いてたのよ」
現在時刻は日付を跨ぐ頃、本部に風間がいるのは夜勤のためである。今からの勤務に対して、この素面のくせに酒飲みのような絡みに風間の顔が面倒だとはっきり告げている。
メディア対策室で根付に都合良く使われることの何が悪いのだと風間は思う。彼女は今のところ根付のサポート、というよりは雑用として使われているがそれはつまり根付の仕事を知らされているということでもある。それは彼女にある程度の信用がなければ与えられない仕事だ。
「今から会いに行っても喜ぶと思いますよ」
「私だって嬉しいわよ」
風間は携帯を手にそうですか、と頷いた。連絡先の一覧を開いて一度顔を上げる。彼女は意外と目敏く、こういう時に話を聞いていないと訝しむのだ。昔世話になったことがある手前邪険にもできない。
「仕事は好き。東がボーダー漬けなのも文句ない」
「はい」
「でも夏休みもどこにも行けなかったのよ。もう冬でしょ? このままだと春になっちゃう」
ただの愚痴である。風間は躊躇わず画面に出た連絡先に視線を落とす。一度名前を確認して一言だけメッセージを送るのはもちろん件の相手だ。すぐに簡単な謝罪が入るあたり彼女の仕事終わりを狙っていた可能性が浮上したが風間には関係のない話だしヤブヘビなだけだ。この手合いは当事者に任せるに限る。適当に話を切り上げさせてその場から早々に退散した。
結局その日は会わなかったらしいが電話はしたと事後報告をされ、風間はそれを適度に頷いて聞き流した。
***
「東さん、さんいますよ」
「ああ。相変わらず忙しそうだな」
東は防衛隊員として作戦会議や狙撃手の訓練場に育成側としても顔を出すし、彼女の主な職場であるメディア対策室のあるフロアにも度々顔を出す。ボーダー立ち上げ初期から隊員として活躍し、狙撃手というポジションを確立し、後輩の手本となりながら幹部の覚えも良い。
彼女にとっては東はそういうスーパーマンらしいが新人隊員を先導する嵐山隊と一緒に個人ランク戦ブースを案内する彼女は隊員側から見れば憧れの職員さんである。隊員たちと歳が近いからとボーダー内広報係を根付から任され、雑用とも呼べる細かな仕事をあちこちの部署でこなしている。おかげで東と同じぐらい、の顔はボーダー内で売れている。
小荒井の個人戦の感想をお願いされブースにやって来たところ、見かけた彼女は通りすがりに隊員の何名かに声を掛けられている。軽口を叩いても怒らず返事をするタイプなので男女共によく声をかけられている。年齢も学生よりは年上で職員の中では若く、大人との橋渡しの役割を担っていることを本人は半分程度しか自覚していない。
「あれで自分はメディア対策室の下っ端だって言うんだからもう少し自覚を持ってほしいんだけどな」
「さんって根付さんの助手じゃないんすか?」
「当たらずも遠からずだな」
未来の幹部候補のレールの上だ。東もわかっていて放置しているので知らぬは本人だけである。
小荒井は何かに迷うように視線を動かした後躊躇いつつ口を開く。
「東さんはさんがいろんな人と話してるの見てヤキモチ妬いたりしないんですか?」
「本人が忙しく楽しく仕事してるのに妬いてどうする」
ほら行くぞと小荒井の頭にぽんと手を置いて東は歩き出す。普段の小荒井が気にも留めなさそうな話題を窺うように切り出したのは大方人見あたりに探るように言われたのだろうがまだまだである。
東の答えに納得がいかなさそうな小荒井の疑問は解消されることなく、ブースに入れと言われてしまえばうやむやになってしまった。
東が主に行っているのはチーム戦の作戦立案やその指導だがポジションが違えど後輩の戦闘を見て気づいたことをアドバイスぐらいはできる。
小荒井が何人かと戦う度に気になった点を伝え、時折画面に映る他の面々の戦闘も見ておく。日々の個人戦を見るのもボーダー全体の戦力把握に役立つものだ。
そうして個人ランク戦用にある待機場所兼簡易の観覧席で座っていると隣の席がすっと埋まる。おつかれ、と隣に座ったのはだ。先程見かけてから何度か姿を消しては現れていたのでどこかと往復していたらしい。席に着いたのは一段落ついたのだろう。
「後輩指導?」
「ああ。攻撃手は専門じゃないがチームメイトの実力は正確に把握しておくものだろう」
「東らしいね」
「そっちは?」
「C級で近々上がりそうな子の様子見てこいって。匿名でいいからインタビュー記事を広報誌に載せたいらしい」
の視線は画面の一つに向けられている。ポイント設定はしていないようだがなぜかB級隊員と戦っている。経験の為にと頼んだのかもしれない。
「意欲的だな」
「回答がそれに伴えばいいけどあれはどうかなあ」
防衛隊員のほとんどは中高生だ。A級まで上がっている隊員は初期からの面子も多く、才能があっても慢心する者は少ないが、C級からB級へと上がる際、他の隊員よりも早く正隊員になれると自信に溺れる者もいる。
の目は戦闘中の動き、それからブースから出てきた後の表情や周りとの様子を窺っている。
「どうだ?」
「そう聞いてくる時点で決まってるでしょう。これなら少し前に上がった子に当てがあるからそっちに聞くわ」
「当てはあったんだな」
東の言葉には瞬きをいくつか重ね、それからふわりと微笑んだ。
「多分、東が考えている子よ。狙撃手に良い子が入ったって聞いてる。ありがとう」
細くやわらかそうな手が東の頭を軽く撫でる。
一瞬東が動きを止めている間にはすっくと立ち上がる。
「もうひと働きしますか」
「ほどほどにな。早く終われたら飯でも行こう」
「……根付さんに負けないように頑張る」
の表情がぎこちなく口角を無理やり抑え込むように変わるのを見て東は反対にごく自然に口角を上げて微笑んだ。
じゃあ、と足早に去ると入れ替わりで小荒井が戻ってくる。
「さん顔手で押さえてましたよ」
「それは良いことを聞いた」
「そうっすか?」
「それで、良い点と悪い点、どちらから聞きたいんだ?」
後輩思いだが甘やかすわけではない東はなんてことのない様子で笑みを浮かべ小荒井はひくりと口の端を歪ませた。それでもすぐに覚悟を決めたようで東を見据えれば悪い点からお願いしますと勢い良く頭を下げた。
資料の確認と修正をしていた東の元にがやって来たのは午後七時を回る前だった。奇跡的に仕事が終わったらしい。逃げるように東隊の作戦室に飛び込んできた。
入口近くのミーティング用の机で作業をしていた東を見て、ちらりと奥へと視線を向ける。今日はもう作戦室には東しか残っておらず、それを確認したは仕事向けの顔を緩める。
その目は煌々と輝き、普段の落ち着いた様子からは一変して悪戯を楽しむ子どものような幼さがあった。そしてその彼女の口から飛び出してきた言葉もその瞳に納得のものだった。
「東、海に行こう」
「海? いつ?」
「バカね、今からよ」
有無を言わさぬ口調のは悪い顔で笑っている。
手際良く既にレンタカーの手配はしているという。さらに根付に長距離移動の申し出をし、ちゃっかり東の分も忍田から承認を取りつけていたものだから東は誘いを断る理由が一つもなかった。夕飯に誘ったぐらいなので夜の防衛任務もない。
「運転するのは?」
「私。意外と運転してるのよ。根付さん外部と会うことも多いからもっぱら運転手役は私。夜もたまに運転手でついていくし」
「初耳だ」
「東、心配するでしょ?」
「の恋人としては当然の権利だろう」
返事は冗談のように返されると思っていたらしい。東の言葉にが途端に表情を崩す。
職場の中とはいえ業後で目の前には恋人しかいない。日頃人前ではお互いに苗字で呼び合うだけに名前で呼ばれれば自然と意識は恋人のそれへと切り替わる。
「それ、ずるくない?」
「仕事を頑張る恋人を甘やかすのは特権だろう?」
からかうような東の声を聞き分けたようでは唇を尖らせながら東の座る椅子をくるりと回転させて自らに顔を向けさせる。見上げる東の顔にそっと顔を近付け唇を触れ合わせる。すぐに離れようとするけれど、東の手はそれをさせまいと腕を引き寄せ引き止めた。
再び触れ合えば堰を切ったように互いを求めていき、は東の足の上にするりと横に座り腕を回す。
言葉もなく息遣いだけが響く中、東の手がの服の下の背中を撫で始めた頃、伊織の動きが止まる。息も瞳の揺らぎも荒いまま至近距離のまま、決意の声が耳に響いた。
「春秋、海に行くの」
「明日休んでくれるなら」
東は午前中に大学に顔を出すか悩んでいた程度だ。午後には防衛任務と会議があるが特に問題ない。
東は予想している答えを待ったがは東から視線を逸しながら小さな声で返事をした。もともと休むつもりだ、と。
「振替休日、溜まってたから」
それで、と早口でさらに言い訳のように言葉を重ねようとするの唇を東はもう一度塞いで言い訳ごと飲み込ませた。
運転は好きだという。調子を取り戻したはハンドルを握ってドライブを楽しんでいた。
夜の高速道路はトラックやバスが多い。けれどは大きな車体が前後にいても気にすることはない。ラジオから流れる歌のサビを時折、適当に口ずさんでいる。
東は流れるライトの光をぼんやりと眺め、耳心地の良いパーソナリティの声が語るリスナーのちょっと笑える日常についての投稿やお悩み相談に耳を傾けていた。
なんとなく聞いていた中、ある相談が終わったあとにねえ、と声がした。
「好きな人と進学希望先が違うけどどうしようって、可愛いね」
「よくある話だな」
東の一言は言葉自体は素っ気ないがその声色に潜む郷愁の色を隣から聞き取り、ふうんと興味深そうな相づちを打つ。
「東青年も悩んだ?」
「さあ、どうだったかな」
答える東の声が何かを思い出すように色を持ったけれど答えるつもりがないことに気が付いたのかはそれ以上踏み込んではこない。ただ話につられて思い出したことがあるのかそういえば、と話し出した。
「私は好きな先輩がいて、その先輩が県外の大学に行くって言ってたからその大学のパンフレット取り寄せたことあったよ」
「それで結局どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、春秋同じ大学でしょう?」
わかりきった答えを求める東には笑う。その先輩に彼女が出来たことを知る頃には受験勉強で忙しくなっていて、先輩の進学先について考えることもなくなっていたという。
その声にかつての恋に対しての懐かしさはあっても名残惜しさはなく、彼女にとってそれは完全に過去のものになっているのが窺える。
「恋に燃えて県外に進学しなくて俺としては嬉しい限りだ」
「外に出てたら三門に戻って来るか悩んだだろうな」
東が右隣に顔を向ければ両手でしっかりとハンドルを持ち薄暗い車内で表情の少ない横顔が見える。当然その視線は前だけを向いている。
三門には海がない。がなぜ海に行きたいのか、東はまだその理由を知らない。
「どうして海なんだ?」
そんなにかしこまった理由じゃないよと、彼女は一瞬前の色のない声なんて嘘のように普段通りに喋りだす。
「夏休み、同じ時期に取れたら海に行きたかったの。ドライブして、泳がなくてもいいから二人で波打ち際でも歩いて、海沿いのホテルでのんびりして、運転交代しながら寄り道して三門まで帰る。そういう、なんてことない旅行がしたかっただけ」
「来年でも良かったんじゃないか? 今からじゃ海もそう見えないだろう」
「来年ももちろん挑戦する! でも今日、今からでも海に行けるなと思ったら居てもたってもいられなくなっちゃった」
いつ休めるか前もってわからないのが辛いよねと軽く続ける彼女の本音を東は咀嚼する。
知り合ってから数年、付き合いだしては初めての年だ。ボーダーという同じ組織に所属するためにお互いの事情はおおよそ把握できる。休みのつきにくさも理解できるし、休みが合わなくとも顔を見るだけなら無理をすればできる。なかなか時間を取れないが付き合い自体は順風満帆だ。喧嘩という程のものもなく、その前になるべく不満や不安は口にするようにしている。
東はそっと、流れるラジオの音量を落とす。高速は次で降りる。風を切る音はやがておさまるだろう。
「他にしたいことは?」
「他?」
「季節ネタでも、ちょっとしたことでも」
「え、待って。考える。春秋は? 言うからにはあるんじゃない?」
ウインカーを上げて車は出口へと向かう。あっという間に過ぎていた車のライトの光視界から消え、目の前を走る車のテールランプがはっきりと見えるだけになった。スピードを落としていく車は決して遅いとは言えないはずなのにのろのろと動いているようで、先程までの景色を切る世界からしてみれば緩慢だった。
出口を越え、次の信号で車が停車したところで東は口を開いた。
「一日中と部屋の中で時間も気にせず過ごす、かな」
「……」
「想像した意味で合ってる」
「合ってるの」
諦めにも似たため息が聞こえてくる。否定はない。彼女の様子を見ているし今までの反応も考えて大丈夫だろうと口にしたけれどたまに反応が予想を外れるのだ。
ここまできて悪い雰囲気は避けたいところである。それでも東は口にし、そしては苦笑いだったが仕方がないなという色の含むそれだ。気付かれないように安堵の息を漏らす。
「わざわざ一時停止まで待つなんて怪しいと思った」
「急ブレーキは驚くだろう」
「お気遣いいただきどうも。それで、他には?」
「一緒にキャンプに行く、かな」
「そういうのを聞いてたの」
「どっちも希望には変わらないんだがな」
「もう」
結局高速を降りれば海はすぐ近くだ。の答えを聞く前に二人は道沿いの駐車場に車を停め、真っ暗な夜の浜辺に足を向けていた。
冬の冷たい風が静かに流れる度肌に冷気が突き刺さる。は東と腕を組みひんやりとした手を東の上着のポケットに滑り込ませてきた。
「恋人と海に行きたかった、手を繋いでポケットに手を入れてみたかった、ポケットの中の手で手遊びしたかった、はたった今叶った」
「それで、他は?」
波の音は昼間と変わらないはずなのに空と海と砂浜の境界線が暗くぼやけるとそれらは未知のもののように二人の眼前に現れる。
重たい砂に足を取られながらは少しずつ波打ち際を確かめるように進み、それに東が歩幅を合わせる。
「って呼んで」
「」
「ふふ。私のことで頭いっぱいにして欲しい」
ポケットの中で遊んでいた指先がそっと東の指と指の間を通り越し優しく甲を撫でる。優しすぎる動きに東は逃げられないよう、その指を己の指できゅっと挟む。それから痛くならない程度に加減して手を握り締める。
付き合わないかと聞いてきたのはの方からだったなと東は思い出す。
「結構、頭いっぱいな時はある。顔に出てないか」
「その余裕っぽいのが嫌」
「難しいな」
暗闇でも砂を撫でるさざ波の位置が見えてきたところでどちらからともなく動きを止めた。言葉も止み、波音だけがただ二人の鼓膜に響いている。
雲はなく、冷えた空気は人の住んでいる場所よりも夜空の星を見やすくしている。口から出る息は白く、肩が上がりそうなピリリとした空気だ。お互いの手がぎゅうぎゅうにしまい込まれたポケットの中だけが妙にあたたかい。
「春秋は、私がすごく春秋を好きってこと、知らなかったでしょう」
「時間として? 思いの丈として?」
「どっちも」
いつから、と聞けば東に前の彼女がいた時期を答えられたのでそれは長いなと頷いた。そうなるとは年単位で東に片思いをしていたことになる。東は気づかなかった。付き合った後の彼女は感情表現がストレートで隠さないからわかりやすいけれどそれ以前はそうでもなかったことも思い出す。
目の前の彼女は付き合うことになると東の知らなかった顔を躊躇うことなく見せてくれた。人間は思っていた以上に多くの表情と感情で揺れ動くことを知るには彼女が良い見本だった。その揺らぎは水面を揺らがせるように他者へと影響することも彼女と過ごして改めて知った。
「来年の夏も一緒に来れるか不安だなんて、知らないでしょ」
「今聞いたから一緒に行くさ。計画的に休みを勝ち取らないとな」
「……春秋、こっち向いて」
ポケットごと下に腕を下げられ望まれるままに顔を彼女の前に近づければそっと唇が触れ合い、今度はすぐに離れていく。歩きにくい砂浜をさらに歩いていこうと進んでいくので東も足を動かす。
「どうしてそんなにずるいの」
「可愛い恋人を甘やかすのが好きだから」
「ずるい」
繋いだ手をぎゅうぎゅうと握られて東は思わず声を出して笑う。彼女のずるいはいつもわかりやすく思いが乗せられている。
ずるいと言われる度に東の口元が緩んでいることを、背中を向けているは気づいていない。
「何がどうずるいんだ?」
「そうやって甘やかして私をダメにさせようとする割にダメにならないか試してるところ!」
思わぬ回答に目を丸くしたが言われてみればそうかもなと思わず返事をしていた。
「でも、は甘やかされた分俺を甘やかしてるからお互い様だろう?」
「いつ私が春秋を甘やかしたの?」
本気でわからないらしく首を傾げるに東は答え合わせをすることなくポケットの中で握っていた手をまた遊ばせて彼女の指を撫でては逃げる指を追いかける。
「春秋」
「そんなに難しくないさ」
そろそろ車に戻ろうと促されては海を見ることには満足したのかUターンをする。東もその動きに合わせ、二人分の足跡をたどるように再び歩き出す。
東は通りがかりに洒落た気配とは遠いネオンの看板があったなと脳裏に描いて運転を代わろうと何気ない顔で申し出ることにした。
title:sprinklamp,