笑ってください。どうかお願いします。
 そう願って彼の前にアレンジレシピのホットケーキを差し出した。
 ここ数か月、恋人である藍のためにお菓子作りに勤しむこととなったのだがその成果は今のところ芳しくなく、彼からは辛辣な感想しかもらえていない。
 初心者なのに毎回違うメニューを挑戦するからだろうと呆れ顔をされるものの、飽きたら作ること自体を諦めてしまうのだ。それならせめて何個か試してみてマシなものを練習しようと思った。しかし現状はどれも手酷い失敗はないものの、これだという反応はいただけない。

「何ならいいの、藍」
「リクエストは言ったはずだよ」
「私が作りたいもの、でしょ? 私は藍が喜ぶものが作りたいのに」

 そう、私の恋人は少々意地悪なリクエストを私に提案してきた。付き合ってから彼より上手にできることなんてないからと女子力、と雑誌で見かけた簡単クッキーなんて作ったのが駄目だった。藍は百倍美味しく作った。

「こんなんじゃ百年先も美味しいって笑わせられないよ〜」

 おばあちゃんになっちゃう、と嘆く私に藍は悪くはないんだけどね、と一口私の口元に持ってくる。ぱくり。口に入れて咀嚼する。
 まあまあ。ホットケーキミックスを使ってるからまずいことはない。美味しい。実に普通だ。同じ材料で作ったはずなのに藍のものとこうも味が変わるとは。
 うーん、と悩む私を見下ろしたところで藍はようやく、お菓子の味ではなく私の姿に笑ってみせる。そしてその表情に呆けている間に彼は最上級に甘い言葉を落としてさらに私を悩ませるのだった。

「もっと悩んで早くボクだけのお菓子作ってよ。いくらキミのこと好きでも百年も待っていられないよ」



(未完成のままでいて)