は背負う荷物に忘れ物がないかを確認し、よしと頷いて宿屋の部屋から出る。本日は自由行動一日目だ。
とある町の孤児院育ちのは周りよりも体が丈夫ですばしっこい、料理の得意な子どもだった。どこか外に出て美味しい料理を作りたい。孤児院の外に出てみたいと願っていた彼女は運よくその町を出て旅人となることができた。そして各地の食材や料理を調べることが段々と楽しくなり、色々な村や町を転々とした結果、気づけば世界を救う一行で戦闘員兼料理番になっていた。
世界各地を飛び回る旅は移動していることが多いが、時折食料や武器防具の手入れも必要になる。情報収集や休息を兼ねて長めの滞在をする時もあり、今回の街への滞在は長期のそれだった。
「数日個人行動取るって言ってたけどその格好はなんだい?」
「え? 釣りに行く準備よ」
昼を大きく過ぎた頃、普段の装備とは様相を変えたを見かけたのは宿に残っていたガイだ。比較的閑散期で、宿の共用部分の広いテーブルで作業をして良いと許可をもらっていたガイは部品と道具を広げて手のひらサイズの譜業の何かをいじっていた。
普段の恰好で宿を出るならばガイも気に留めなかっただろうが双剣使いの彼女は身軽さを武器にしているため装備を軽量化している。その彼女が今日の格好はいつもよりも重ね着をしているし荷物も多い。本人の言葉通り釣り竿を持っていて、出かけるのはわかるが街に出るとは思えない。遠出をするにしても出発の時間にしては遅い。
ガイが首を傾げるのも自然なことといえた。
「今からかい? 帰りはかなり遅くなるんじゃあ?」
「夜釣りだから帰りは朝だと思う。さっきアニスが部屋に戻ってきたからアニスには言ってる」
仲間一人に言っておけば連絡網が回るだろうという考えは間違ってはいないのだが街に買い物ではなく外に夜釣りに行き朝帰りなるというならばもう少し大々的に知らせてもいい話だろう。一人旅が長かった彼女は時折身軽すぎる行動を取ることがあるが夜になっても戻らないことを心配する仲間もいる。彼女の前にいるガイはそうだった。
「夜釣りを一人は危ないだろう。一緒に行くよ」
「エッ」
「えっ」
純粋な厚意からの言葉に返ってきた反応はガイの予想外のものだ。は即座に厚意を歓迎する性格ではないが迷惑でないとわかればその厚意をきちんと受け取り荷物持ちを喜ぶ人だ。てっきり笑顔で荷物を押し付けられると思ったのだが彼女の顔は困惑そのものである。
「他に連れがいるなら遠慮しておくけど」
「いや、一人なんだけど、その」
言いたいことははっきり口にし、自分のやりたいことの為には平気で別行動を取る人間だ。使命感からではなく偶然と成り行きに任せて旅に参加し続ける彼女は躊躇という言葉を日頃放り出している。
その彼女の珍しいその様子にガイが何も言えずにいると意を決した彼女の方が口を開いた。
「ガイにだけは手伝ってほしくない」
「俺だけ?! 何か気に障ることでもしたのかな。そういうのは気をつけてるつもりなんだが」
「いや、単にガイがルークのことよくわかってるから悔しいだけ」
「話が全く見えない」
思わず眉間に皺を寄せ頭に手を当てるガイは本日何の非もない。
彼女も八つ当たりのような態度を悪いとは思っているのか何度か言葉を選び、黙っては口を開く。
「街から少し離れたところに夜釣りのスポットがあるの」
「うん」
「そこ、おいしいエビが釣れるらしい」
「うん?」
「……ルーク、エビ好きじゃん」
視線を逸らしながら伝えられる言葉にガイが瞬きすること数度。
は料理好きだ。街にいる時、厨房を借りられる幸運に恵まれれば仲間に手料理を振る舞う。野宿の時も当番制だった料理はもっぱら彼女の担当だ。満場一致で彼女の料理のために全員が他の役割を分担している。
保存がきくものが多いが、街で料理をする時などは仲間の好みを聞いて腕を振るうこともある。
彼女の断片的な情報はエビが好きなルークのために釣って調理するということになる。市場で買うわけではない。
「……材料から?」
「宿のおじさんが大きなエビが釣れるいい釣り場だっていうから気になって」
それは事実だろうがそのために釣り道具を揃えるのは随分な出費だろう。女性を凝視するなんて不躾だったがそれすら忘れるぐらい、彼女の行動はガイの予想外だった。
「ってルークが好きだったのか」
「ガイってデリカシーがないって言われるやつ。女に振られろ」
「すみませんでした」
「……ルークが好きとか、そういうんじゃなくてさあ」
が一行に仲間入りをしたのはこの奇妙な旅路が始まってからしばらく経ってからだ。彼女は以前のルーク様、と仲間から距離を置かれていた頃を知らない。そういった過去があることは聞いているようだったけれど、彼女は何を聞いても、ルークはもちろん、ガイや他の仲間たちへの態度を変えることはなかった。
は生まれに関して、あまり多くを口にはしない。けれど以前の彼女を知るという人は随分と丸くなったと評していたことがある。だから仲間の過去のことや今との違いを知っても何も言わないのかもしれない。
「ルーク、好きなもの美味しそうに食べるんだよ」
「まあ、わかりやすいな」
「あれ見たらつい、もっと美味しいもの食べさせてみたくなって」
餌付け、という言葉がどちらの脳裏に浮かんだのか。二人で顔を見合わせて小さく笑う。
噂をすれば影、というやつか、ジェイドとルークが宿に戻ってきた。ガイやおかえりとすぐに笑いかけたけれどは一瞬眉をひそめてすぐに出迎える。帰ってきたこと自体に罪はないが出掛けに顔を合わせる予定はなかったのだ。
予想通り、釣り竿を背負っているにルークが首を傾げている。
「、その恰好どうしたんだ」
「ちょっと夜釣りに」
「夜釣り?」
「の腕があるとはいえ女性一人で街外れに行くのは不用心では?」
ジェイドの言葉にはあからさまに顔を顰める。心配からの言葉でもはジェイドと馬が合わず、何を話していても基本的にジェイドに対してはまず顰め面だ。それでもが料理する時にはジェイドの好物も並ぶので、周りは仲の悪さもそういう付き合いのうちだと思っている。二人とも険悪というよりは相性の良し悪しだ。主に側の。
何を釣るつもりなのかと純粋に聞いてくるルークと何をするつもりなのかと黙って微笑んでくるジェイドには思わず苦い顔だ。
黙って出かけるつもりだったとしては計算外の事態だ。ルークたちが宿に戻ってくるのが早すぎる。ガイも混じってやいやいと口を開きだす男三人には口をへの字にしていたのだが三人がそれに気づいて落ち着かせる間もなく彼女は不機嫌真っ逆さまだ。
しばらく待ってもおさまらない会話に片足でドンと床を踏むと視線が三つ、に集まってくる。
「釣れなきゃ恥ずかしいからこっそり出かけようっていう乙女心がわかんないかなこのすっとこどっこい!」
「さんは恥ずかしがり屋さんですの!」
「ミュウぐらいだよ気遣い屋さんは本当!」
が近づいてきたミュウの頭を撫でればくすぐったいですの、と嬉しそうにくすくす笑い出すのでも表情を和らげて先ほどよりも丁寧に頭を撫でる。
気遣い不足を突きつけられた三人のうち二名はミュウを撫でるを見て少し気まずそうな様子だったが一名はどこ吹く風である。そもそも気遣うつもりもなかったかもしれない。
ミュウを愛でてひとしきり落ち着いたの様子にガイが再び声をかける。
「理由は聞いたけどやっぱり一人はみんな心配すると思うぞ」
「ガイ、私が海に落ちても拾い上げられないのについてくる意味はあるの?」
「ウッ」
完敗だった。
もちろん道中の用心棒だとか理由は挙げられたが肝心の海での危険にガイはまるで役に立たないのは事実である。思わずがくりと俯くガイにルークがぽんと慰めからか肩に手を置いた。
それを考えの読めない、から見れば胡散臭い微笑みで見守るジェイドは外野ですと言わんばかりに発言も態度も素っ気ない。いつも通りだ。
「ジェイドは行く気なんてさらさらないでしょう」
「寄る年波には勝てず夜更かしは少々体に堪えるんですよ」
今度好物作ったときは配分減らしてやるとは心の中で決めた。その程度で大きなダメージを受ける男ではないがせめてもの抵抗である。胃袋を掴んでいるパーティの台所担当は食事時に限っては絶大な権力を有す場合があるのだ。
ガイ、ジェイドとの夜釣りには不参加と決まっていく中で次は当然ルークに視線が集まる。
「じゃあ俺が行けばいいんじゃねえの? 何釣るのかよくわかんないけどさ」
「それは本末顛倒」
「え? 何が?」
時既に遅し。口を滑らせたのはだがなぜかはガイを睨みガイは目を丸くして苦笑いだ。ガイがを結果的に足を止めしたのもルークたちが早く帰ってきたのも偶然である。
「、別にいいんじゃないか?」
「ガイのすっとこどっこい」
「で、何釣るんだよ」
「エ・ビ・で・す!」
何に怒っているのか。片足を先ほどよりもさらに強くダンッと床に踏みつけてルークを睨むはルークに一歩引かれてそれこそ本末顛倒である。
サプライズはご破算になり、釣れるかどうかは運に任せるしかないところなのだが口にしてしまったからには仕方がない。
「もう! ルーク準備して! 釣れたらルークの好きなようにエビ捌いてあげるから!」
「本当か?!」
にわかに目を輝かせて期待するルークに今度はがたじろぐ番だ。
少年の輝かしい瞳に大人は弱いものである。
「結果は同じだったのならすぐ傍で本人を見ていた方が楽しいのでは?」
ジェイドの一言にはじろりと睨みつけたが当人は表面上はにこやかに微笑み返している。隣でガイが苦笑い。ルークは突然ピリリとした空気に首を傾げていた。はサーモンのグラタンを作った時にジェイドの取り分を減らすことを固く決めた。ジェイドはの作るサーモングラタンを実は気に入っているのだ。
そんな風に騒いでいれば部屋に戻っていたはずのアニスが降りてきて、さらには二人で出かけていたティアとナタリアまで戻ってとんだ騒ぎになってしまった。内緒で夜釣りを数日挑戦するつもりだったの目論見は外れ、結局今日はルークが、明日はティアとガイが付き添うことになった。ジェイドとアニスは辞退で、ナタリアは釣りそのものに興味津々だったが全員から夜釣りは昼間の釣りを体験してからということになった。
「が落ちた時を考えると俺だけじゃ心もとなくて……すまないな、ティア」
「私がいれば多少の傷なら回復できるし問題ないわ。それに私も釣りは初めてだから楽しみなの」
「……可愛い子たちにそんな楽しそうな顔されたらもうなんかいいやってなってきた」
やった、と可愛いというところを聞き逃し、エビの一言でご機嫌な様子のルークには思わず笑う。
夜釣りなのだからお腹は冷やすな寝袋は用意しろ眠くなったら寝るようにだの甲斐甲斐しく声をかけだすに周りは微笑ましいという雰囲気だ。
この光景はメンツが変わった明日も繰り返されるのを全員知っている。彼女は単独行動も多いが世話焼きな一面もある。本人は認めたがらないが彼女以外は全員知っていることだ。
人数分釣果があればご馳走にしようという話の中、不意にはジェイドを睨んで口を開く。
「たくさん釣れてもジェイドの取り分は少なめだから」
「おやおや、年上に手厳しい」
「胸に手を当てて考えたら? なにか思い当たるんじゃない?」
パーティメンバーの中で年長の二人はよく口喧嘩が耐えない。年上といっても一人群を抜いて年上のジェイドが噛み付くをからかいが懲りないのが原因だからだが本人たちはわかっていてやっているフシもある。
険悪なのかそうでないのか判断しかねる現場に石を投げる勇者はこのパーティの中ではほとんど決まっている。
「あらそれはかわいそうではなくて? 私分けて差し上げましょうか?」
「ナタリアそれ釣る側の人のセリフだよ?」
「それもそうですわね。決定権はにありますわ! 、お手伝いはできないかもしれませんが私せっかくならみんなで美味しく食べたいです」
「……一口ぐらいはあげるから大丈夫だよナタリア」
「それは良かったですわ」
ナタリアもどこまでわかっているのか。時折会話に平然と入り込んではなし崩しに会話を別の方向に持っていく。
何もかもがの本来の計画から離れていくが話の途中でふと会話から外れたはそれから何が面白いのかにやりと笑ってルークに笑顔を向ける。
「釣れたらルークは料理も手伝ってもらうし一日で成果出たら次は昼釣り!」
「釣れるといいなあ」
そわそわ。わくわく。
大きな釣果を期待するルークにはあえて多くは言わずにそうだねと頷いた。
「、そんな、そんなひどいこと俺にはできない」
「糸垂らして釣ったからには責任持って美味しく食べるものです」
「でも」
とルークによる夜釣りは運が良く成果もばっちりだった。
街から離れた海岸沿いには日暮れ前には着いた。街から少しといえど外にある防波堤は明かりがないと足元もおぼつかない場所だったがは朝のうちに一度下見に来ていたのだと危なげなく防波堤の先へと進んでいった。
防波堤の下のあたりに釣りやすい場所があるらしいとは手慣れた様子で餌を針につけ、あっという間に海に糸を落とした。ルークは虫のような餌が出てきた時点でから体ごとそっぽを向いてしまったがは気にすることもなくできたよ、と餌が見えなくなって声をかけた。悲鳴を上げることはかろうじて耐えたのは絶対に叫ぶなと念押しされていたからだ。後は一応年頃の少年としての矜持である。餌を見たり触ったりできなくとも言われたことぐらいはなんとか守ってみせたかった。
「釣ったものは、美味しくいただくもの」
着いてからしばらくはただひたすら待ちなので小声でルークと街の様子を話したり、が釣りを初めて行った時の話などを話して、時折餌をつけなおし、また待つ。餌をつけなおす時だけはルークは目をほとんど閉じかけながらも薄目で様子を窺っていた。
話すことが落ち着くと話し声も自然と小さくなっていく。ルークは防波堤の端に腰かけてぼんやりと夜空を見上げていた。は釣り竿に意識を残しつつ、もう見えない水平線の向こう側を見つめていた。
こんな夜があるのに、世界はちっとも平和な状態ではない。落ち着きを取り戻さず、ルークたちはあちこちへ世界中を飛び回っている。にとっては義務でも何でもないただの成り行きの旅だが彼らにとってのこの旅は、どんな意味を持っているのか。
それぞれが持つその意味をは誰に聞いたこともないけれど、ルークという目の前の少年は旅の中心ということはわかっていた。
にとってのルークは生まれ育った孤児院の弟妹のようで目が離せない存在だったが口にしたことはない。きっとルークは子ども扱いをすることにへそを曲げる。それもまた、弟妹と同じ反応ということを彼は知らないだろうけれど。
「せっかくみんな食べれる大きさのが四匹も釣れたんだから。入れ物も少し大きめにしてたから生きたまま持ち帰れる。さ、帰るよルーク」
「生きたまま料理するなんて……」
「そういうこともあるの」
最初にエビが釣れた時、ルークは目を輝かせて喜んでいた。暗赤色の固い殻に大きな触角があり、見た目もよく見かけるエビとは違い大きく立派なものである。釣れる度にルークは喜んでいたものの、そろそろこれぐらいあればいいだろうとが引き上げる準備を始めた時、ルークはそのエビをどうやって調理するのかを聞かされた。そしてすぐ涙目になりかけた。
どの調理方法でも基本的には生きたまま捌くのだ。ルークはそれを聞いてから同情の目で時折エビの入った容器を見ている。
はそんなルークを見て苦笑いだ。思った以上にショックだったらしい。にとってはこの後どうするかで頭が忙しい。
釣れたエビは大きいサイズで、エビだけで食べるとなると七人では少し少ないかもしれない。けれど鍋や汁物にすれば楽しめるだろう。料理に合わせる野菜は朝市に行けば新鮮なものが手に入る。朝食後、昼には少し早い、豪勢な食事になりそうだ。一匹は宿の調理場を借りるお礼に充てる。
買い物をするならば、市場にあるとすれば、と様々な料理パターンを考えながら海水を水がもれない容器に入れ、そこに生きたままのエビを詰めて帰る。もちろん荷物持ちはルークである。
「鍋もありだよね。でも量は不安だけど刺し身も迷う。いっそ塩茹でであっさりもありだから悩ましいなあ」
「それ生きたまま……」
「茹でるね。その時はルークに鍋の蓋押さえてもらうよ」
「そんな!」
「そう言って食べるくせに」
「それは……だって食べないとエビに悪いだろ」
ある意味で真面目で律義なルークにの表情は自然と緩んでいく。
遠すぎることもないが近くもない街までの道のりを二人は荷物を抱えて歩いていく。
夜明けの近い道のりは真っ暗闇からは遠くなり、足元は薄暗い中でも見える。行きよりも荷物の多い二人にはありがたい。エビを入れた箱が揺れないよう、足並みは緩やかだ。
「ルーク」
「ん?」
「また、エビ釣りしよう」
「ああ、楽しかった」
「今度は餌つけられるようになるんだよ」
隣で唸る声には笑う。きっと次回もルークは餌をまともにつけられないだろう。できるまで練習だと返せばさらにうめき声が聞こえた。
旅の終わりまでに何度こんな穏やかな時間を得られるのか。は考えても仕方のないことだと頭を振り、今の楽しいことに思いを馳せる。
「今日はどうせなら市場で小ぶりのエビも見つけるか! そしたらそっちはエビフライだ」
「エビだらけだな!」
「ルークで最後だからね。とりあえず一通り料理は落ち着くからね」
「最後?」
は料理が好きだ。旅をして土地の料理を教えてもらうのが好きだ。作った料理を美味しいと食べてもらうのが好きだ。旅をしているとなおさら、旅人には食が大事なのだと痛感した。
わくわく、目の前の料理に期待し、そして口に含んだ瞬間にふわりと表情をやわらげる人を見ると何度でも料理をしたくなる。
「みんなの好物でちょっとした料理を振る舞う会。ジェイドとかは気づいてるよ。アニスもかな」
「……たまに宿で台所借りてるのって」
「それそれ。ルークで一巡。旅の合間も食材が保存効きそうな人はたまに出してるから、こういうエビはそれができない分おまけで豪華だよ」
はあ、と息をつくルークの様子は知らなかったと感心しているものだ。今の時点で気づいていないのならば当然、この後のの野望も知らないだろう。
は早足で前を歩き、振り返って笑う。
「次はみんなが苦手な物を克服できるようなメニューに挑戦するからね」
「えっ!」
「さんのお料理教室、次回開催をお楽しみに!」
「それ聞いてない!」
「今言った」
たいそう楽しげに笑うに、みるみるうちに顔を青くするルーク。そんなルークを見てはさらに笑う。
「嫌いなものもみんなで騒いで挑戦したらちょっとは美味しい記憶になるかもよ」
「……そんなもん?」
「そんなもんかもよ。旅が終わるまでに私もレシピ調整してどんどん作らないと」
世界の命運も左右するようなこの旅も彼女にかかれば別の側面も見えてくる。
ルークは自分の苦手な食べ物を脳裏に浮かべながら全部克服は無理そうだなとつい苦笑いだ。
「の腕に期待だな」
「任せなさい。とりあえずは目の前のエビだから。鍋の蓋任せた」
「あ」
忘れていたショッキングな役割分担にルークは再び表情を固くした。
結局ルークが怯えるよりも鍋の蓋は動かなかったしシンプルな塩茹でをルークは涙目になりながら新鮮で美味しいなと他の面々よりも丁寧に食べ、隣に座っていたガイがルークの変化に静かに驚いていた。
目の前で釣れ、調理されたエビの一部始終を見て思うところがあったらしい。何度も噛み締めて味わう姿に意図していたすら微笑ましさのあまり食べるのもそこそこにその姿を見守ってしまった。
「俺、今度からはもっとよく噛んで食べる」
「エビを釣っただけでここまで変わるなんて驚いたわ」
「ティアもやればわかるよ……」
恐ろしくて調理のことは口にできないのだろう。言葉少ななのに美味しいだけは確かに口にするルークは神妙な面持ちだ。
そんなものかしら、とティアは普段通り美味しそうに、いつもよりも豪勢な昼食を口にする。
市場での仕入も順調だった。手に入れた野菜は温野菜のサラダにし、焼き立てパンは宿のご厚意だ。殻を提供したら今夜はエビのビスクを作ってくれると話がついた。小さな宿で団体客だからできた交渉だ。
全員揃って昼には少し早い食事は各々満足そうな顔でも自然と表情が緩む。
「ティア、明日は海釣り行く?」
「こんなに成果が出るかしら」
「出なくても楽しいよ。成果が出たらもっと楽しい」
「それじゃあせっかくなら釣りたいわね」
「私もやっぱり見学したいですわ」
目を輝かせたナタリアが譲る気のないキラキラとした目をに向け、ティアもいいんじゃないかと微笑む。
はちらりとガイに視線を向ける。苦笑いだが断るつもりはなさそうだ。
「ガイ、両手に花でよろしいね!」
「荷物持ち、謹んでお受けしますよお嬢様方」
「ええ、頼みましたわ」
「よろしくね、ガイ」
羨ましい絵面の筈なのに誰も羨んでいないのはガイがガイだからであろうか。
ジェイドは我関せずという顔でちゃっかり料理は堪能している。減らすと言われた取り分はきちんと等分である。ルークはまぶたを重たそうにしながらもエビは丁寧に食べているのでこの後部屋でお昼寝確定だ。
武器の調整や食料調達のためとはいえこんなにも穏やかな時間は久しぶりだろう。誰も何も言わないが空気はやわらかく全員の表情もいつもよりもさらに明るく賑やかだ。
「やっぱり食生活の向上は人生の豊かさに繋がるわあ」
「ってなんで料理人目指してないんだ? こんだけ上手いもの作るなら店もできそうだ」
「さあ、どうしてかな」
ルークの言葉には言葉を濁し、それを聞いていたティアとナタリアとアニスは顔を見合わせてにこにこ笑っている。その様子からしてもが料理人を目指さない理由を知っていそうだが、どうして、とルークが聞こうにも女同士の秘密だと、全員教えてくれそうにない。
「旅して各地の特産物を料理するのも楽しいからね。定住はもう少し先でいいの」
「そんなもんなのか?」
「そんなもんだよ」
もちろん、色々な料理を作れるようになることも、色んな人に食べてもらうこともの楽しみに一つだ。
けれど個人的なささやかな夢としては未来の旦那様に振舞うためなのだ。いつでも美味しいと笑ってもらいたい。それを女性陣だけで集まった時にはうっかり口にしてしまったが、秘密の女子会で零れた他の全員の話も含めて四人だけの秘密なのだ。お互いに頷き笑いあうことはあっても他に話すつもりは毛頭ない。ルークに話せばどのタイミングでジェイドにバレていじられるネタになるかわかったもんではない。
話題を避けるためにもデザートに果物を買ってきたとは奥から山盛りのイチゴを持ってきた。ちょうど美味しそうなものがあったのだがもちろん狙いもある。ちらりと視線をアニスに向ければアニスはにっこりわかったように頷いた。
好物のイチゴにより買収されたアニスが自然な流れでそれぞれの苦手な食べ物の調査をしていたことに仲間が気付くのはしばらく先のことになりそうだった。
(わくわく料理教室イセエビ編)