なぜ私がここにいるんだろう。
 私の身分だと立ち入ることも出来ない王城。なぜって、それは理由は一つなんだけれどそもそもどうしてなのかがわからない。
 隣にいるリオンさまは退屈そうにグラスに入ったジュースを飲んでいる。お酒じゃないのは未成年だからだけどパッと見はワインを飲んでいるように見える。見た目だけは完璧王子様だし客員騎士だし集まる視線は半端じゃない。

「……ジロジロ見てきてなんなんだ」
「何って、最初に舞踏会誘ってきたのリオンさまじゃないですか。エスコートしないなんて殿方のたしなみはどうしたんですか、たしなみは」

 リオンさまは明らかに呆れた顔だ。なんてひどい。こっちは病み上がりなのに。風邪もようやく治ってきたところで舞い降りてきた舞踏会のお誘い。嬉しくないわけないのだけど相手がリオンさまなので素直に承諾すらしなかった。承諾したのは母さんとマリアンさんからの強い押しがあったからなのだ。そして昨晩は緊張しすぎて今日は寝不足なのだから間抜けだと思う。
 こういう催しは最低限しか出席していないことを私は知っている。つまり周りも物珍しいに違いない。最年少騎士への視線は見事に集まってくるし当然隣に並んでいる私にもそれ相応の視線がビリビリと刺さってくる。青田買いを狙うお姉さま方が怖い。そんな獣のようなにらみをきかせなくても。
 リオンさまはグラスをさりげなくウェイターに任せてから面倒くさそうな様子を隠さずため息。

「こうした行事に出るにしても相手がいないと格好がつかないときもあるんだ」
「それで私ですか?」
「一番暇そうだったからな」

 私は暇人ではないんだと必死に反論しても馬鹿にしたように鼻で笑われた。私だってリオンさまの剣の稽古の相手や時々小間使い的に周りをうろつきながら働きつつ学校にも行っているのだ。失礼な。私は自力で王城に行ける身分じゃないけど学校に通えるぐらいの家ではある。
 もちろんリオンさまも分かっている。でも実際学校とリオンさまとの稽古以外は暇だ。たからすぐに小間使いみたいに周りをうろついてしまう。リオンさまと違って友だちもいるけどリオンさまと四六時中一緒にいるから滅多に遊ばない。それでもいい。リオンさまに暇人だと笑われてもリオンさまが私をこうして呼んでくれるならそれはそれで良いのだ。

 着飾るドレスも巧みな話術も花みたいな笑顔もあいにく持ち合わせていない。私が出来るのはリオンさまの剣の打ち合いの相手になることでありリオンさまの盾になることだ。学校を卒業したら私はリオンさまの盾になる。この人の為にいきたい。
 小さい頃から知っているから、歪んだ箱庭に生きてきたことも傾きすぎた敬愛を抱いていることも知っているから。本当は誰も踏み入れない奥底で手を求めていると、知っているから。だからそこに少しでも届くように私はリオンさまのそばにいたい。
 ただ素直ではないこの人に、素直ではない私はそれを言えることはほとんどないのだけれど、何かしらが伝わっていることを祈る。
 ただじっと見つめている私をリオンさまは怪しげに眉をひそめて見返しているけれども。それでも私はそんなものには負けはしない。

「リオンさま、私学校をもうすぐ卒業ですよ」
「それがどうした」
「お祝いください」

 なんで僕が、という顔。いつも通りの顔だ。それから何か苦い顔でまた腰に視線を向ける。いつものこと。リオンさまが肌身離さず持っている剣。何か不思議な縁でもあるのか、剣を見るリオンさまの瞳はやわらかい。
 もう一度私に視線を向けた時、その表情は最初よりもやわらいでいた。剣に向けているものには負けていた。

「何がいい」
「え?! くれるんですか!? いつもなら即刻蹴り飛ばしてくるリオンさまが!」
「やらないぞ」
「いやくださいください! そんなこれを逃したら一生ない!」

 ジロリとにらまれたけれど知らない。普段ならやっぱりここで乱闘騒ぎになるんだけれど今夜はここが王城であり華やかな舞踏会だからか声を抑えろとドスのきいた声で注意されるだけだった。普通ならこれで完全に戦意喪失ものだ。私は平気だけど。
 この間はプリンをねだったけれど今回は違う。プリンはお金を貯めたらいいけどこのお祝いはきっと今じゃないと頼めない。
 不審気な目を向けてくるリオンさまににこり。笑った。

「あなたの盾として一生を捧げる権利をください」
「……」

 いつからか夢だった。リオンさまの隣にいたかった。ただずっと一緒にいられることを考えたら私の背中を見てもらったら良いのだと結論に至ったわけだ。リオンさまの盾になれたなら私は死ぬまでリオンさまと共にあれる。それは、リオンさまの恋人となるよりもずっとずっと素敵なことだと思う。私の命をもってリオンさまの命が生きながらえる。それは、素敵なことだ。
 将来の夢は小さい頃からリオンさまと一緒にいることだった。周りの子がお花屋さんとかケーキ屋さんと言う中で私はリオンさまと一緒にいたいと言った。お嫁さんじゃなくて良かった。あの頃の私は「はなよめさんはりこんしちゃうからいいの」と言ったらしい。なんて夢のない子どもだろうか。でも、正解だと思う。私は命尽きるまでこの人を守りたいから、だからおよめさんはいいんだ。

 予想以上に驚かれてしまった。リオンさまは私がなにをねだると思ったんだろう。もしくは何になると思ったんだろう。卒業してどこかダリルシェイドの店で働くと思ったんだろうか。オベロン社に勤めると思ったんだろうか。おじいちゃんのやっている道場の師範になると思ったんだろうか。わからないけど予想外だったことは確かだ。
 珍しく言い返すことをしないリオンさまに段々不安になってきた。迷惑、だったのかもしれない。

「あの、リオンさま?」
「ろくな人生にならないぞ」

 複雑そうな声色だった。多分、嬉しいのと苦しいのとが両方だ。何年も一緒にいただけはあって小さなことだけど確かに伝わった。

「リオンさまと一緒にいるならまあ、こき使われそうですけど構いません」
「お前が僕の盾なら僕がお前の盾だ」
「へ?」
「なんでもない。これでもやるからせいぜい盾でもなんでもするといい」

 強引に握らされたものを見る。リングだ。よくある耐毒とかそういう効果付きの。それも見たところ上質の素材を使っている上に中心の石の脇は本物の装飾品としての宝石が埋まっている。特注品じゃないだろうか。
 驚いてリオンさまを見たら目を合わせてくれなかった。

「リオンさま明日は槍でも降るんですか」
「斬られたいのか」
「本音言っただけじゃないですか!」
「尚悪いだろうが」

 足を踏まれた。なんていう奴! おっと。仮にも守りたい人だった。危ない危ない。形だけでも敬語ぐらいはしておかないと。他は全部型破りだけど。
 顔も見せないのに自分の言動に照れくさくなって私の顔も見られないのがよくわかる。なんたって、私はリオンさまを世界で一番、じゃないかもしれないけれど二番目か三番目ぐらいには見ている自信がある。
 なんだか楽しくなってきて、私はリオンさまの視界に入る様に回り込んだ。

「リオンさま」
「なんだ、まだ言うか」
「せっかくだから、踊ってくださいよ。突っ立ってるのもあれですから」

 正直ワルツも踊れるか不安だったけれど少しぐらい夢見たかったのだ。お嫁さんは諦めてるけど一夜の王子様ぐらい夢見たいお年頃だ、これでも。
 しかしそれにしてもリオンさまは今日は熱があると思う。この間の私の熱が移ってしまったんじゃなかろうか。あっさり手を差し伸べてきた。リオンさま本当に明日は槍が降ると思う。
 ぽかんとする私にリオンさまはこんな時にだけ照れくさそうにしないで首を傾げてみせる。

「なんだ、踊るんじゃないのか」
「なんで今日こんなに優しいんですか。こないだの熱移りましたか」

 思ったことをそのまま口にしたら馬鹿だなとはっきり言われた。本気で馬鹿にされてしまった。
 踊り出しても本当に馬鹿だと何回も言われてカッチーンときたからつい禁句を言ってしまった。私は悪くない。馬鹿と言うやつが悪いのだ。
 視線の高さが変わらないその人に、にこりと微笑んでやる。

「馬鹿馬鹿うるさいですよリオンさまのチビ」
「おい」
「あ、足踏まないでくださいよ! わざとですね!」
「僕はこうしたことは不慣れだからな。おっと」
「いっ!」

 結局ワルツを踊りながら足の踏み合いをするという低レベルなことをしてくたくたになって帰った。





「おかえりなさい。今日はリオンさまと一緒に誕生日過ごせてよかったわねえ」
「あ」

 優しい理由を理解した。
 ねえリオンさま、あなたが私の盾になってくれるというなら私は死ぬことなんて出来ないと、死んでなるものかともらったリングに固く誓ったから私のこと、お見通しですね。



(我が盾)