もう、彼女の大好きな主とは道は相容れず、どうしても倒さねばならぬ敵として暗く冷たい洞窟で、彼が立っている。
 彼女は他の誰が何と言おうとその人と、正面切って向かい合うと決めていた。誰よりも一番前で、誰よりも先に、その人に剣を向けると、固く心に決め、そしてそれを許された。

「これが私に下された使命ならば運命に感謝します」
「この結果をか?」
「坊ちゃんは、私が坊ちゃんの愛ゆえの裏切りに荷担せずヒヨコマークのスタンについたこと、怒ってますか」

 リオンは彼女の言葉を鼻で笑う。怒る理由も何もない。彼は彼の、彼女は彼女の望むものがあっただけだ。
 少年にとって世界で何よりも優先すべきはただ一人だ。誰よりも愛しい、あの人だけ。あの人のためになら少年は世界すら犠牲にしてみせた。
 目の前の、幼い頃から意識せずとも己の傍を離れなかった相手がいなくても、それでも、彼女の為に世界の全てをリオンは投げ出せた。
 それなのにリオンを見る彼女はこんなに冷たく暗い場所なのにとても嬉しそうだった。リオンが、彼女の言葉にその瞳を揺らしたからかもしれない。彼女は昔から大好きな坊ちゃんに対してたいそう意地悪なところがあった。

「……だから坊ちゃんは可愛いんですよ」
「ここまできて軽口を叩くのか」

 彼女以外は必死な瞳を向けて来る。なぜと、その瞳が痛切に訴えている。相容れない道にいるのだと突き付けられて絶望している。
 一番付き合いが長く一番互いを理解しているだろう相手だけがいつもと同じように笑っている。そうしてかたくなに、いつも通りに彼の名を呼ばない。

「本当は、出来ることなら仲間として、一緒に黒幕を退治しに行きたいですよ。坊ちゃんの腕は私が知ってます。何度死にかけたか」
「じゃあ大人しく殺されるんだな」
「それは嫌です。あなたの望むものがそれを悲しみます」

 リオンが望むもの。リオンはその人に弱かったがその人は彼女に弱かった。そして彼女はリオンに弱い。
 けれどリオンは同じぐらい彼女にも弱いのだ。共に隣に立ってくれなかったとき、どれほど当たり前なものが貴重であったかを思い知らされたのだ。
 でもそれは、彼女に絶対に教えてなどやらない。そんなこと、言おうものなら彼女はきっと喜んで、泣きそうな顔で笑ってみせるから。

「頑固な坊ちゃんは剣をもって止めるしかないようです。だから、私は坊ちゃんを殺す手があることを喜びます」
「お前が? 僕を?」
「他の誰でもない私があなたの死に目に会えるのだから。ねえ、エミリオさま」

 初めてだった。リオンという名を名乗ってから彼女は坊ちゃんとかたくなに呼び続けた。
 あの人に名前を呼ばれたときとは別の歓喜に胸が震えた。少年は、それを必死に押し殺す。すでに手遅れだ。

「お前たちは通さない」
「それでこそ、坊ちゃんです」

 注がれた視線の先は今にも泣きそうな笑顔だった。


(運命は優しかった、誰がなんと言おうと。)
title:afaik