船旅の末に着いたのはアイグレッテ。アタモニ神団のストレイライズ神殿がどーんと建つ街。セインガルド王国では一番活気を持っている街。
 知り合いなんてほとんどいないので旅に必要なものだけを買ってさっさと出て行こうと思ったのだけれど航行の時間がずれて着いたのは夜になってからだった。仕方ないので宿に泊まることにする。
 可愛い少年は私があげた骨の仮面を律儀に被ってくれている。まんざらでもないらしくたまに人が見てもなんてことはない顔だ。ピンクマントで堂々と歩くぐらいだからそりゃ人の視線も気にしないよな。
 そうして宿にたどり着いた私たちは部屋がないかと尋ねる。他の客も宿がないので運が悪ければ野宿になるだろう。宿の受付の人は私と少年を見て少し困った顔をした。

「申し訳ございませんが今夜はもう一室しか空いていないんです。一室で構いませんか?」
「あー、構いません。簡易ベッド部屋につくってもらえますか?」
「ソファで良ければ入ると思います。ありがとうございます」
「な、お前!」
「黙れ少年。金を払うのは私だ」

 彼の借金は三分の一まで減って行っている。モンスターからアイテム引っぺがして売りさばいている甲斐があってかなり減っているものの借金持ってるのには変わりはない。私は隙あるごとにお金を出して少年の借金がかさんでいくのを楽しんでいる。悪徳業者のようだけれど最近は督促もしていないし帳面を管理しているのは私ではなく少年だった。
 そもそも全額返済してくれなくても構わないのだ。私は久々に誰かと一緒に旅をすることが出来て嬉しいかったし、今は旅費を半分持ってくれればもうそれで十分だった。うるさくいろいろと言われるから内緒にしている。
 部屋の準備が出来るまでロビーで待たされる。少年はジロリと私を睨み続けていたけれど怖くもなんともない。ふははは。そんなもんぬるいわ!

「二階突き当たりの部屋をご用意いたしました」
「はーい。さ、少年。拗ねてないで行くぞ」

 返事もせずに彼は黙々と着いてきた。何だかんだ言いつつついてくるあたりが、なんだかなあ。少年と呼んでしまう理由だ。
 用意された簡易ベッドに少年はまず陣取った。案外紳士的なところがあってその度に良い家の出だろうなと思う。そういう仕草が多いのだ。マナーにもうるさい。

「優しいなあ、少年。ありがとう」
「そもそも! 僕は男なんだから少しは考えろ!」
「そらわかってるけど、きみそういうことしないでしょ?」
「あ、当たり前だ!」

 クスクスと私が笑うとこっそりシャルティエも笑っていた。怒られるぞ。

「うるさい!」

 え、今どっちに言ったのと言えば「どっちもだ!」と怒鳴られた。あんた存在肯定しちゃだめでしょうに。でもそうやって認めちゃってもふん、と誤魔化すようにそっぽ向くだけで無言の肯定をくれることが嬉しい。
 何だかんだ言って優しいところは少年の良いところだ。本当はとても優しいのだ。何度もそれを感じて、少年という人間に無数の色がついていく。

「風呂に行く!」
「はいはい」

 お風呂に入ってさっぱりしたら寝てしまおう。どうせ少年は拗ねて口をきいちゃくれないんだから。
 シャルティエを大事に抱えてお風呂に向かったときもあったけれど今は私が預かっている。さすがに剣と一緒にお風呂は入るのは大変だ。そこまで信用してくれてることが嬉しいな。

『きみのおかげで坊ちゃんは随分と明るくなった』
「そう? 会ったときからあんな感じだったよ」
『きみは、靴を脱いで坊ちゃんの心に平気でぺたぺた歩くからね』
「誉めてる?」
『もちろん。……坊ちゃんは少し前まではああいう感じだったけど、しばらくショックなことが続いてたんだ』

 少年がお風呂のときが私とシャルティエのおしゃべりタイムだった。それ以外でシャルティエが口を開くものなら彼は大変怒るのだ。多分、このおしゃべりの時間も見られたら怒られるんだろう。シャルティエも内緒だよ、とクスクス笑ったから。
 ただシャルティエの言うショックなことはかなり大変なものだったんじゃないかと思う。少年は過去を語らないけれどあの年ごろにある浮ついた気配が一切ない。感情を本当の意味で抑えてしまっている、それができる人生は優しくはないだろう。

「話したくないなら話さなくて良いんだ。私はしつこくて少年を不快にさせているかもしれない。知ってる。でも私少年のこと好きだからさ。しつこくも傲慢な私は土足で少年の心に踏み入ることにしてる」
『ちょっとタイプは違うけど、坊ちゃんのことをずっと信じてくれた人ならいるよ。僕はその人の存在がありがたかった。坊ちゃんをずっと信じてくれて嬉しかった』

 少年を信じた人とはどんな人なんだろうか。わからないけれど、良い人なんだろう。ひねくれた性格をしている少年を信じ続けられる、そういう良い人なんだろう。

「それにね、少年と一緒に居て楽しいのは私だよ。少し、一人になりすぎてさみしかった」
『一人旅だったんでしょう?』
「三年間ね。最初の方はがむしゃらに走って、三年経って私の剣をつくってさあこれからどうしようかって考え始めてた。そしたら、少年とシャルティエが現れたんだ」

 さみしくて、誰かと話したくて、でも家に帰りたくて、剣もできる頃だろうとハイデルベルグを飛び出した。
 そうしたら、人が倒れていて思わず拾ってた。人助けの意識もあったけど、さびしかったからっていうのも大きかった。私だって人間だ。打算で生きたりもするさ。
 一生懸命話していたから、まさかもうお風呂から戻って部屋に入っていたなんて気づくわけ、ないだろう。

「あのとき、倒れていた少年は私にとって救いだった」

 ばたんと大きな音を立てて扉を開けた少年はそのままベッドに潜り込んでしまった。

「え、少年?」
「寝る!」
「おやすみ?」

 返事は返ってこなかったから私もお風呂に入らなければと部屋を出た。
 部屋を出る直前、聞きなれてしまったシャルティエのクスクス笑いが聞こえた。


「もしかして、聞いてたの?」

 お風呂場の浴槽でのんびり疲れを癒しているときにふと気付いて、恥ずかしくてたまらなくなった。なんだ、救いって。恥ずかしくてたまらない。恥ずかしくて勢い余って湯船に頭のてっぺんまで沈める。

「……ぷは!」

 息苦しくなるまで潜って、勢いよく飛び出した。お行儀が悪いと孤児院で叱られる。私はもうとっくの昔に叱る立場なのに。それでさらに叱られていた。
 恥ずかしさのあまり考えることをやめ、のぼせて倒れる前にお風呂を出た。寝てしまえばすぐ忘れられる。それが一番良いのだ。

「お風呂上りにコーヒー牛乳だ!」

 周りで一緒に入っていた女の人にびっくりされた。気にしないことにした。


(ひとりにしないで)