少年と旅をすること二週間。ハイデルベルグから港町スノーフリアに向かい、特に問題もなく港を後にし、現在私たちは船の上にいる。暇で暇で仕方がない私は少年のことを観察してみた。

「誰かに似てるんだよなあ」
「……」

 旅の途中で手に入れた本を読む姿は実に様になっている。
 読書に勤しむ彼は私への借金を半分ほど返し終えているのだが剣を見繕ってやったのを借りの一つと思っているらしく何らかの対応をしたいと思っているらしい。口に出さないけどたまに行動でボロを出すからわかりやすい。
 船はまだ出たばかり。アイグレッテの港に着くのはまだ先のことで、読書をしていない私は暇なのだ。旅の途中、彼が顔を隠したがっていることをなんとなく察したけれどその顔を凝視する。嫌がらせだなと思ったけれど少年の顔は綺麗で見飽きないのだ。

「気が継いだんだけど目、きれいな色だね」
「……」
「アメジストだ。私の剣と一緒」
「……」

 誰に似ているんだろうか。あともう少しなんだ。もう少しでこの既視感の正体がわかる気がする。気がする。
 そう思って彼の外見を再びきちんと見てみることにする。
 黒い髪。真っ黒な髪。瞳はアメジストより濃い紫。すっと整った顔立ち、華奢な体、白い肌。

「ああああああ!」
「うるさい」

 そうだ。黒い髪、整った顔立ち、華奢な体、白い肌。
 そうだ、そうだったんだ! どうして気付かなかったんだ私! ああ、あの人の方が健康的な白い肌だからかな。少年の白さはなんかそういう雰囲気がない。失礼かもしれないけど。

「少年は私の初恋の人が好きな人に似てる!」
「うるさい」
「本当に! 見た目と、時々見せる空気が似てるんだ! すっきり!」

 少年はそれは良かったな、と適当に返事をしてし、読書に戻る。
 私はどんどん妄想を膨らませ、あの人に弟がいたらこんな感じだろうかと想像してみた。してみたけどあの人の弟だったらもっと元気が良くはきはきとしてると思う。いや、少年もある意味ではきはきしているか。言いたいことズバズバ言うし。
 あの人が言っていた弟はどんな人だっただろうか。滅多に話してくれなかったから思い出せない。ただあの人の弟は随分と昔に死んでしまったのだと、そう聞いている。

「ねえ、どうして顔を隠すの?」
「うるさい」
「少年の目はきれいだから、前を向いていた方が良いと思うけどな」

 少年は自分の過去をどこかにやりたがっているみたいだから私は深く突っ込んじゃいけないんだろうけどつい聞いてしまう。

「そうだ!顔隠したいなら面白い仮面があるよ!」
「うるさいと言ってるんだが」

 私は良いことを思いついたことで彼のことなど気にならなかった。船にいた行商人と昨夜飲み比べをしてもらったものがあるのだ。生活必需品とあとその場のノリでもらったものだったのだが彼の趣味に合えば良いなと思う。私の趣味とは全く違うけれど。
 大きくかさばった荷物の中から取り出したそれを見て少年は沈黙した。

「これは、なんだ」
「仮面」
「骨の、か?」
「昨日もらったんだよね。顔を隠したがる少年にあげよう! ミステリーボーイの称号もあげちゃおう!」
「いるかそんなもん! それに言うならミステリアスだろう!」

 時折突っ込むのだが今回もさすがに突っ込まれた。律義だ。突っ込みながらも骨の仮面を受け取る彼が可愛らしい。何だ、もらってくれるんじゃないか。しかも嫌々でもない。独特の美的センスだ。そしてかなりのお洒落っ子じゃないと被りこなせないぞ。

「まあ、もらっておいてやる」
「気に入ったの? 気に入ったならそう言えば良いじゃん!」

 ばしばしと背中を叩いたところ彼は仮面を放り出して「風に当たってくる!」とどしどし珍しく足音を立てて出て行った。っておい、荷物置きっぱなしにするなよ。シャルティエ荷物に入りっぱなしだぞこら。
 わかっていないはずがないのに去ってしまった少年を呆然と見送ってしまった。だって、シャルティエがここにいるのに?

『坊ちゃんはあなたからのもらい物が嬉しくて被るみたいですよ』
「かわいいところあるじゃないか、少年」
『うまく自分の気持ちを表現できないだけで優しい人なんですよ』
「シャルティエさん、あなた持ち主にしゃべるなと言われてるんじゃないの?」

 ビックリついでに聞こえてきた声としゃべっていたけれど相手はシャルティエだ。それ以外にいるはずもない。バレたら少年に怒られるのかな。でも置いていったのは少年だ。
 シャルティエはおかしそうにクスクス笑っている。

『だって僕、きみには感謝してるから』
「感謝? 私少年拾っただけなんだけど? そのこと?」
『あ、坊ちゃんが戻ってくる!』

 そう言ってシャルティエは黙り込む。するとその数十秒後には本当に少年が戻ってきたものだから驚いた。ソーディアンに持ち主の探知システムが備わってるなんて聞いたことない。
 少年は剣を忘れていることに気付いたらしい。慌てて荷物を持つとそのまままた外に出て行った。無言だ。ああ、照れているのかな。

「少年、夕飯までには戻ってきなよ。一緒に食堂で食べよう」

 ばたん、と扉の音だけ聞こえた。素直じゃないけど律儀な少年は夕飯までに戻ってきてくれるんだろう。にやりと笑った。


(私が愛した人が愛したのは、)