「小娘め、やっと来たか」
「親父さん久しぶり! 例の物取りにうかがいました!」
森の奥の小屋が目的の場所だ。ここには頑固親父が犬と一緒に住んでいる。典型的な職人頑固親父。頑固で口が悪くて愛想がないけど腕だけはべらぼうに良い。そして犬にべらぼうに甘い。
彼は装飾をする職人で、特に武器や防具の装飾は素晴らしい。最も美しい形に仕上げてくれる。私が望んでいて自分ではうまくできない形にしてくれる。
「それで、後ろの小僧はなんだ。とうとう男に飢えて子どもに走ったか」
「な!」
「少年は拾いもの。行く先が一緒だからそのまま一緒に居るわけ。あ、どうせなら少年に剣をもらいたい。剣、置いてたよね?」
とりあえず座れ、と木製の椅子に座らせられた。彼は器用なので日曜大工はお手の物。だいたいの家具は手作りである。
カップにホットミルクを入れてくれた親父さんは、で、詳しく話してみろと話の先を促した。
「剣、持ってるんだけどもう一本持ってた方が良さそうだなと思って」
「さっきと大して変わらん説明だな。良い腕か?」
「それはもう、とびきり」
親父さんはじっと少年を見つめる。目を見るとだいたいそこで人となりがわかるという。私も初めて会った時に見られたけれど何を見定められたのかさっぱりわからない。
少年は親父さんの鋭い視線に臆することなく視線に応じ続ける。時間にするとほんのわずかの間だったけれどその沈黙は実に長く重たかった。
「てめえの剣と坊主の剣、持ってきてやる」
「ありがたい」
視線を外されて少年も肩の力を抜く。そして視線が一瞬シャルティエの方へと向かう。
「坊主、お前の剣に免じて代金は取らないでやる」
ちらりと少年の腰にある剣を見ると親父さんは作品置き場に向かった。お眼鏡にかなったらしい。シャルティエのことも察したらいし。まあ私がソーディアンについて必要以上に語り倒したことがあるからっていうのもあるかもしれない。もういいと振り払われるぐらい語ったけど結構ノリノリで聞いていたのを私は知ってる。
少年は黙り込んでしまったけどふとこちらを見た。
「剣を頼んでいたのか」
ぽつり。呟かれた言葉に頷いた。
そもそも今の私の剣は親父さんのところの借り物だ。結構手荒く扱っても応えてくれたかなり良い剣だ。ちょっと欲しくなったぐらいだけど私の剣は今親父さんが取りに行ってくれている。
「私、刀鍛冶なんだよ」
「……」
「信じてないな。まあ仕事してないけど免許皆伝もらってるし時々親父さんにも提供もしたんだよ」
世界を放浪していたのは世界というものを知るためと、それと自分だけの剣をつくるためだった。行く先々の鍛冶屋に弟子入りしては技術を盗み最高の材質を見つけるためにモンスターだらけの洞窟にもぐったりしてきた。
そして三ヶ月前、ようやく満足のいく剣が出来上がった。しかし残念ながら私には柄をつくる能力というものが人並みで、私が作った中で最高の出来である剣に見合うものは作れなかったのだ。
だから旅の途中で無理矢理訪問してお知り合いになったこの頑固親父に装飾を頼んだ。
親父さんは見た瞬間にああ、と頷いて私の望む形を口にしてくれたから頷いた。私の望む剣を一目で見抜いたのだからやはり彼は素晴らしい。
「小娘、お前の剣だ。小僧にはこれをやる。気に入るはずだ」
「ありがとう」
「礼を言う」
私は思ったとおりの形になった剣をそっと受け取った。さすが良い仕事をしている。手触りも完璧だ。
隣の少年の剣はどうやらシャルティエと同じような形の剣ではなく両手剣のようだった。細く可憐な剣は妙に少年に似合う。親父さんの見立てだから大丈夫だろう。
「お前のその剣は、」
「私が鍛えて、親父さんに装飾を頼んだの。素敵でしょう?」
「素敵も何も、それはソーディアン・ディムロスのレプリカだ」
そう。私の剣の形はディムロスにそっくりなのだ。詳しく言えば私好みに改良してあるのだが素人目ではわからないのでとりあえず頷いた。モデルがディムロスなのは本当だからだ。
少年はやっぱり驚いてくれた。ちょっぴり優越感。シャルティエの方もハッと息を呑んだらしくほんの少し声がもれた。ふふふ、私は耳は良いんだ。それぐらい聞こえている。
「形は同じ。クリスタルコアの入っていた位置にアメジストを入れてる。綺麗な色でしょう?」
「人には別の剣を持てと言うのに自分はディムロスのレプリカを持つんだな」
そりゃ少年の言い分もわかる。でも私のものはあくまでレプリカなのだ。検分されても怖くない。私の自信作だと胸を張って言える。売れると思われるのなら鍛冶屋としては仕事の出来の良さと喜んで倒すつもりだった。
でも少年のシャルティエは本物だ。クリスタルコアがあり、自我を持っているシャルティエがそこにいる。
「きみのは本物だから」
「だから違うと」
「小僧、いくらお前が誤魔化そうともそれが普通じゃないことは見るやつが見ればわかる」
そう言って親父さんはどんと座って少年を見た。
「お前がその剣を大切だと思うならお前はその剣を隠し持つべきだし、持っていること自体人に知られちゃならん。こんな小娘一人拒絶できないなら慎重になれ。わかったな」
「……ああ。わかった」
「それで良い。小娘、どうせてめえはわしのところの食事目当てで来たんだろう。坊主の剣が合うかも確かめたい。そこら辺で食料取って来い」
その言葉に私は嬉々として立ち上がった。もちろんだと、私は少年と連れて夕飯の調達に向かう。食事もそうだし、何よりディムロスレプリカと少年の剣の初の出番である。胸が高鳴る!
そうやって勇んで行ったもののイノシシ一頭と兎を一匹仕留めるだけだった。親父さんは頑固一徹な割してそこまで食べないし少年は食べ盛りの育ち盛りとはいえ私の知っている食べ盛り育ち盛りのガキよりも食べる量は少ない。私とどっこいどっこいなのだ。一応剣は問題ないことを確認はできたのでいいとした。
イノシシを担いで帰ると親父さんに普通は逆だろうとつっこまれた。うん。私がイノシシで少年が兎を持つのはおかしいだろう。だが少年は体力というものが私よりないのだ。イノシシなど担がせたら途中で足が止まってしまう。そして私は成人男性並みに体力がある。どちらが担ぐかなんて簡単だ。
「今日はイノシシ鍋だ!」
「わかったから捌くの手伝え」
「はーい。剣のお礼も兼ねてお手伝いさせていただきます」
その日は三人で美味しくイノシシ鍋を平らげた。運動には食事が必要、と言い切って私が一番良く食べたのだった。
(彷徨う残骸)