吹雪もおさまり、実に良い旅日和だった。
「いやあ、少年も同じ方向に用事があっただなんて奇遇だ!」
「だからってどうして僕がお前と……」
少年が私にため息をついているのだが私としては、旅は道連れ世は情けという気持ちだ。少年が事あるごとに棘のある物言いをしても屁でもない。人生経験がある意味において豊富だと嫌な言い方されても全く気にならない。そもそも少年には悪意と言うものが感じられないから気になるわけがない。意地悪が下手くそである。育ちが良いと推察した。
同じ方向というけれど行先は正確には異なる。なんとこの少年は廃墟になったかつての都ダリルシェイドに行きたいという。私の家はクレスタで通り道だからちょうど良いので一緒にいこうということになった。その間、私の代わりにモンスター退治してくれたら借金チャラということにした。まあ旅の資金は私が出すので彼の借金は今のところ最初の額のまま動かないのだがそんなことは私の知ったことではない。
彼が今の服は支障があるというので彼の趣味に合わせて黒い服も買ってやったのでそれも借金に加算されている。路銀に余裕があって良かった。盛大に胸を張って借金の督促ができるというものだ。
「お互い戦う旅人で良かったね! 少年意外に腕も立つし!」
「そっちが戦えることの方がよっぽど意外だがな」
言われて思わずへらりと笑う。パッと見はどこにでもいそうな見た目の私だけど剣術は自信がある。一人旅していてもモンスターはそこまで脅威じゃない。街道沿いなら気合で倒せる。食料の問題の方がよっぽど問題だった。
拾った変な少年の方は思っていたよりずっとずっと強かった。キラリと輝く剣と一心同体のような動きをしている。何年もたゆまぬ努力をしなければ身につけることが出来ないその技術は惚れ惚れとしてしまう。どれだけの時間、少年は身を削って鍛えたのだろう。想像もできないぐらいそれはとても長い道のりだったはずだ。それぐらいはわかった。
ただ、そういった腕前の話よりも何より、一度目の戦闘のあとから、言うなれば出会った時からずっと気になっていたことがあったのだ。私はとうとう我慢を止めた。
「私が戦えることはどうでもいい! 少年、私にその剣見せて!」
「なんだいきなり!」
「そのきれいな剣、触らせて欲しい!」
「近寄るな!」
かなり大きな声で叫ばれて私は思わず足を止める。少年も思わず足を止める。一瞬の沈黙。
けど、それを破ったのは私でも少年でもなかった。
『坊ちゃん、別に構わないですよって、あ、しゃべっちゃいけないんでした』
「これは触らせない」
「今、なんて?」
「これは触らせないと言ったんだ」
違う違う。ぶんぶんと首を横に振り、私は少年ではなく剣の方をじーっと見つめていた。今、内容から判断すると剣がしゃべったぞ。私の耳とうとういかれたかな。いかれていないのなら、と脳裏に出てくる可能性が奇跡的すぎてドキドキしてきた。
少年は黙ったまま私の視線を追った。彼の腰にあるほっそりとしたきれいな剣に行き着く。
「その剣貸して」
「断る」
「私の知識を総動員させるとそれはソーディアンってことになる。もしそれがさっき坊ちゃんなんたらかんたらとかしゃべってたら、の話だけど。ソーディアンといえばその声を聞くことが出来るのは限られた人間のみでありソーディアンマスターとなる素質を持ち合わせたものだけってことでしょう? ということは少年はソーディアンマスターってことになる。でもソーディアンは十八年前の戦いで一本を除いて喪われている。その残った一本とはリオン・マグナスが持っていたソーディアン・シャルティエということになるんだけど彼の行方と共にその存在は失われたとされていた。でもここにあるってこと? 少年は何らかの方法でシャルティエを発見しそして手に入れた。まあ雪原に寝てた理由はわからないけど、その剣はシャルティエ、少年はソーディアンマスター。あたり!」
「勝手に推論を広げて結論を出すな!」
息継ぎしていても早口でまくしたてツッコみを許さない私の早口の推論を彼は正確に理解したらしい。勝手に当たっていると言ってみれば一刀両断されてしまった。なんてこったい。
私が喋ると少年がほぼ確実に顰め面をする。若くして眉間の皺を刻み込むのはもったいないと思う。かわいい顔してるのに。言うともっと皺が深くなりそうだ。そんなことはどうでもよく、今度は剣ではなく少年の方をじっと見る。答えはわかっていた。
「で、正解は?」
「早口でまくし立てられても内容まで分かるわけがないだろう。とにかくこれは僕の剣だ。触ることは許さない」
「わかってるっぽかったじゃん! まあいいや。もしそれがシャルティエだとする。この際シャルティエじゃなくてもいい。それだけきれいなつくりの剣は人目につくよ。もう一つ剣を買っておいた方が無難じゃなあい? 剣は使わないと意味がないけど存在自体に意義があるなら持ってるだけでも良いと思うな」
実はその形が他のソーディアンと似ていてなおかつ前に見たソーディアンの資料にそっくりだったから確信を持った。ソーディアン好きなら見たらわかるかもしれない。私ほどソーディアンに固執している女もいないはずだけれど、お宝という意味で詳しい人はいるものだ。レプリカだと言われてももし今みたいに声が聞こえてしまえば意味がない。それにレプリカだってなんだって美しさには価値が出る。
私はソーディアンに憧れているし自分がソーディアンマスターだったら、とも何度も思った。何度も何度も。昔、家がなくなる前、私はソーディアンを見たことがある。きれいなあの剣を私も、と思ったけれど今の私には私の剣がある。だからそれで良いと思う。
私はこれ以上は言うつもりはなかったけど、問題は何が何でもそれを手に入れようとする人間がいるってことだ。
少年は何だかんだ言いつつ賢いので私が言いたい、うまく言えないことを理解してくれたようだった。
「借金が増える」
「追々返してくれたら構わないよ。あ、ここの森で寄り道ね!」
きっと彼の持っているシャルティエは何か言いたいだろう。意思があるのならしゃべりたくないわけない、と私は思う。まあ少年が否定し続ける限りはおしゃべりできないままだろう。私はとてもしゃべりたいのに。
でもこの森の奥に行けばこの少年は驚くだろう。ついでにシャルティエも驚いてしゃべっちゃえば良いのに。
彼らの驚き顔を想像しながら私は森の奥へと進んだ。
(右腕に抱えた勝利の女神)