は久々の休暇に何の気なしに故郷に戻ってきた。
そのはずだったがそれはあたかも仕組まれたかのように、そこにはすべての役者がそろっていた。
街に戻って早々、故郷の外で出会った見慣れた顔を見つけたことからして偶然が過ぎた。その時点では単純に珍しいこともあると声をかけようと思ったのだが思わず立ち止まった。
正面から来る男、リカルドはてっきり一人だと思っていたのだ。しかし彼は隣の少年と何かを離しており、他にも数名、連れ立って歩いていた。単独行動を好む男の団体行動だ。それも明らかに彼よりも年若い少年少女たちとである。彼女は目を見張った。
傭兵部隊でも腕利きとして一目置かれているリカルドはライフルという武器を持っているため基本的に遠距離からの攻撃しかしない。連携攻撃というものも滅多に無い。彼が前線の味方に一方的に援護を送るという形だ。
まだ二十代だというのにその落ち着きは貫禄のあるもので若い傭兵からは憧れの視線で見られている。彼女からすれば案外に照れ屋でからかうとすぐ表情を見せる可愛らしい男なのだがそういった素顔を知る者は傭兵部隊にはそういない。
その彼が部隊を離れて個別の仕事を受けることはよくある。彼の腕は一流なのでかかる声は多い。暗殺、要人警護、戦争への借り出しと彼は忙しい。金額そのものよりも技術の上達に目を置いているらしく若い頃から常にその銃の射撃の精密さを売りにしてさまざまな依頼を受けていた。
今回は何なのだろうか。依頼を受けたのだろう。そうでなければ彼の連れとの関係性が見えてこない。彼女は笑いを堪えようと必死だった。
「……お前!」
「リカルド?」
思わず立ち止まって真正面からまじまじ見ていればリカルドでなくとも気付く。だとはっきり視認した瞬間、彼にしては珍しく大きな動揺を見せた。目を見開きそのすぐ後にはやってしまった、という顔。手で顔を覆う動作付きなのでその動揺振りは相当なものだった。
昼下がりの平和な街の中、傭兵の彼が可愛らしい十代の少年少女たちの引率をするように歩いている。には想像も出来ない、するはずもない可愛い光景が目の前にあった。
「リカルド! いつの間にこんな大きな子どもつくったの!」
「……お前にだけは会いたくなかった」
指を差してゲラゲラ笑うに傍にいる少年たちは呆気に取られている。リカルドに面と向かってここまで言える人間を連れの子どもたちは知らなかったのだ。いつもは頼れる大人であるリカルドがこうして呆れ困り果てるなんて思いも寄らぬ出来事だ。
所持金が心許ないからとマムートのギルドに立ち寄ってみた帰りにこれだった。ギルドから出てきた彼女とギルドに向かう彼らが鉢合わせ。
にやにやと笑う彼女は肘でリカルドの体をつついて非常に楽しそうだ。
「これネタになる! うわ、良いものみた! え、誰に言って欲しい? 隊長? それとも火山にひきこもってる馬鹿? 誰が良い? ああ、いっそ」
「とりあえず黙れ」
今にもライフルを構え兼ねないリカルドを見てを除いて全員がぎょっとしたものだが彼女だけはケラケラと笑い続けていた。かなり面白いらしい。とうとう腹を抱えてうずくまった。リカルドにライフルを向けられることなど両手で数えても数えきれないことを知るのは本人たちのみだ。
この急展開に誰もついていけなかったのだが腹を抱えたままうずくまったを見て銀髪の少年が勇気を持って歩み寄り声をかけた。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「だいじょ、ひい! 笑いすぎて腹痛が! どうしてくれるのリカルド!」
「自業自得だ。行くぞ」
リカルドはうずくまったを放置して歩き出した。助けてやる気など全くないらしい。確かに勝手に笑い出して勝手に腹痛を起こしているので自業自得と言えばそうなのだが本当に腹を抱えてうずくまる相手を少年たちは気にして足が鈍る。それでもリカルドはさっさとギルドに入ってしまった。
「あの、お姉さん大丈夫ですか?」
先ほどの少年が追いかける前にもう一度声かけたがは手をひらひらと振るだけで顔を上げない。ただ大丈夫ということなのかギルドの方を指差した。行って良いよということらしい。
それを見て少年もお大事にと場に合っているようで合っていないような言葉を残してギルドに向かった。他の少年少女も同じようにその場を立ち去っていく。
「手紙でも書いた方が良いんだろうか」
笑いを収めた彼女は本気で傭兵部隊の隊長に手紙を書くかを悩み始め、とりあえず紙とペンを調達するためにまずは立ち上がった。
夜のうちに昼の出来事を二割増しに誇張した手紙をしたため、朝早くに戦場か、陣営に下がっているか分からない傭兵隊隊長宛への手紙を出した。
そしてその足で彼女は火山の入り口へと向かう。そこには入り口を警備している男性がいるがは気にせず歩む速度を緩めない。相手はまだ気づいていないが街を出る前からの顔見知りだ。が傭兵をしていることも知っている。火山の先にいる相手とのことも。
「あんた、今は危ないから入っちゃだめだよって、じゃないか!」
「はいりまーす」
「いや、さすがに今は危ないんじゃないか」
「へーきへーき!」
の軽い調子に流され、警備の男は強く止める事はせずに彼女を見送った。普通ならなんとしてでも止めるところだ。現在火山は魔物以上に危険な生き物がいるのだから。
けれど男は止めることもせず彼女を見送った。彼女ならあるいはと思ったのだ。昔からとハスタのことを知っている街の人間はならハスタをどうにかできるかもしれないと期待している。
警備の男は彼女を見送った一時間ほど後、今度は男と子ども数人の不思議な組み合わせの旅人たちも通すことになったがいざとなればなんとかなるだろうという楽観的思考で見送った。諦めの境地ともいう。
火山にいる魔物は多少手ごわいがは難なく倒し再奥の聖地と呼ばれる場所にまでやってきていた。普通なら立ち入りを禁止されている場所で、も一度も入ったことが無い場所だ。
その聖地の入り口でゆらゆらと揺れながら立っている男を見ては嘆息。火山にひきこもっているとは聞いてはいたものの本当にいることに驚き呆れた。
「ハスタ、あんた何してるの」
「おやー、その声は? こんな火山で出会うなんて運命的なものを感じちゃう俺。けどは俺を毛嫌いしてるので運命とは悲しい」
「毛嫌いしているとは失礼な。あんたのこと嫌いじゃないけど関わり続けたくないだけ」
この会話の応酬だけでは既に帰りたかった。
この男との会話には非常に労力を費やす。それこそ魔物を一気に相手にするときよりも。彼との会話の後は寒気が走るか精神的疲労が激しいか、または両方か。ろくなことはない。
ハスタのせいでこの街の人は大変迷惑している。彼がこの街を出て行ったときの歓喜をは忘れない。彼は見境いなく人を殺していく。血縁というものにだって何の感慨もない。彼は父親と母親を殺して故郷の街を出て行った男だ。
そんなものがまた現れれば人々の不安は如何ばかりかというものだ。は不本意ながらハスタを火山から追い出す協力を申し出た。
「ハスタ、火山降りろ。街で迷惑がられてるから」
「はいつも俺の味方をしてくれないから殺したくなるなあ。俺はここを降りるわけにはいかないんだけど……それは何故でしょう! 1,怪我をしているから。2,と殺し合いをしたいから。3,この火山の魔物を殺しつくすつもりだから」
「4,自分を殺してくれそうなぐらい強い奴に会いたい」
彼はいつも選択肢にどうでも良いことばかり連ねて言いたいことは言わない。本音は最後の最後に出す。殺人欲しかないだろう彼の選択肢など見破るに簡単だ。最も望んでいることは常にが言った通りなのだからはいつだって正解を口にしていることになる。
の言葉を聞くなりハスタは非常に嬉しそうに槍を構えた。
「ピンポーン! いつだって正解するには豪華賞品として俺との勝負をプレゼント! ってわけで、いくぞ?」
「罰ゲームじゃんこれ」
予想通り襲い掛かってきた槍を素早くかわす。
の武器は双剣だがリーチが短いのでハスタと戦うことは不利だ。バックステップをしながらポーチから針を取り出し威嚇のために投げる。弱い相手なら急所に刺さってお陀仏してくれるのだがハスタは槍で軽くいなしていく。
ハスタとの戦いで重視されるのは武器のリーチ、素早さである。リカルドのように遠距離攻撃ができれば一定の距離を保ち大怪我を免れることができる。接近戦ならばハスタ以上の素早さを持っていれば彼の攻撃をかわすことで大怪我を免れる。
少なくともそのどちらかを持たなければハスタと戦うことは死を意味する。
一人で挑む相手では決してないし、勝利目的で挑む相手でもない。狂った攻撃行動を取る生きる災害である。ハスタがいる場所を知っている人間は必ず避ける。そういうものだ。
「ああ、いつかは殺したいと思ってたんだなあ。俺としては最愛のだから」
「ふざけんな!」
駆け寄り槍を突き出してきたところを切っ先で軌道を変える。そしてそのまま懐に踏み込み三連撃してみるがかすり傷ひとつつけられない。舌打ちをして大きく距離を取る。
何年も彼との戦いはお遊戯のようにお互い傷つけることもなくただ長々と続けられる。殺人狂のハスタにしては珍しくを殺すことにあまり力を注いでいないのだ。
ただ、今回はその穂先がいつもと違う動きをしている。はそれに気づいていた。昔のように決着のつかない終わりは迎えられないかもしれないと。
「そろそろ決着をつけないと、か」
「奇遇だね。私もいい加減命の危険を感じ始めていたところ」
「ってことで、死ね」
「お前こそ死ね」
その二人の会話に水を差したのは一発の弾丸だった。
は銃声に近い方向へと移動し、ハスタから離れた。状況が変われば接近戦を一人で挑む道理はない。
予想通り、神聖な火山に踏み込んできたのはリカルドたちの一行だった。
「リカルド氏、俺との愛の時間をじゃまするから死刑。脳内裁判で即刻死刑にせよという判決が下りました~。いつものように控訴は……却下」
「リカルド、そろそろ私もこの馬鹿を殺さないといけないと思ってたんだけど邪魔するの?」
ハスタに視線を向けたままは背後に感じた複数の気配の一つに向かって話しかけた。なぜここに彼らが来ているのかはわからなかったが邪魔をされたことだけは確かだ。助かったともいう。一人でハスタに挑めば良くて相討ち、悪くて死に損だった。
リカルドは呆れが伝わるようにため息を落とした。
「そいつを西の戦場でしとめ損ねたんでな。今度こそ仕留めるつもりだ。……まあそれはついでだが」
「それは嬉しい申し出だなあ。俺としてはリカルド氏で遊びたかったからちょうど良い申し出だぴょん」
大の男がぴょんはないだろう。は何度もそう言い続けてきたのだが彼にその声が届くことは無かった。もいい加減諦めている。勝手にすれば良いと思っている。
「うっわ! さ、寒気がする!」
「イリア、落ち着いて」
この男は年若い少年少女には毒物並みの刺激である。少女が後ろでひどい悲鳴をあげた。子どもには教育上よろしくない男である。小さい子どもには視界に入れさせてはならない歩く狂気である。
ただその歩く狂気はにたにたと、リカルドの方だけを向いている。いつもとは違う、何か喜んでいる顔。
「それに、リカルド氏のおかげで俺が俺である理由を思い出せた」
「お前は……ゲイボルグだな」
「おやー? 話に割り込んでくる無粋なお前……誰だっけ? 「ゴミ」? え、名前変えた方が良いだろう」
「ふざけるな!」
よりも前に飛び出してきたのは緑の髪の色を持った少年だった。完全に流れが変わったためは剣を下ろし収めた。興をそがれたと言って良い。あまり聞きたくない名前も聞こえたのも原因だろう。
緑の少年はハスタのことを、魔槍ゲイボルグ、バルカンの生み出した武器だと叫びだした。それに肯定を示したハスタを見てはげんなりした。
前世だとか、そういう話はごめんだった。
「俺に思い出させてくれたリカルド氏には感謝する。ああ、だからお礼に殺してあげようと思って、あとここは落ち着くんだぽん」
「ハスタ、私があんたを殺す理由が増えた」
「あれ、? いつもより殺気染みてて素敵だなあ。今なら殺しあっても愉しいだろうなあ」
話が終わり以外の人間が戦闘態勢に入る中、は笑顔のままハスタを見つめた。
笑顔の奥底に含まれた感情。それは彼女が生まれて初めて彼に向けたものだった。が生まれた頃から持っているもの。ではないものが抱いた感情。ないものとして扱っていた記憶の集まり。
「こういうの、面倒なんだけどさ。それでも、魔槍ゲイボルグ、私を殺したお前を殺さないと気がすまない。あと、私が生まれてから今まで受けてきたセクハラ及び殺人未遂の恨み、晴らさずに済むと思うな」
「お前も、か」
「なんや姉ちゃんも転生者やったんかいな。驚きやわ」
は後ろからの声を全て無視してハスタだけを見ている。
彼女からの憎悪の視線に嬉々としだしたハスタはやはり生粋の変人だろう。彼は己に向けられる殺気を愛している。己と戦ってくれる強者を心の底から愛している。
だからが今までにないほどの情を向けてくれることに歓喜した。今までの彼女のぬるい愛情はハスタにとってはよくわからないものであったから、むしろ今のこのはっきりとした殺意の方が明確で喜びだった。
「もしかして、お前はブリジット?」
「さあね。ハスタ、前世の恨みと今世での私の責任、受けてもらおうか」
「たかだか同じ日に同じ腹から生まれただけで律儀な。俺は理解不能。でも、その殺気は今までで一番愛しい」
「変態め」
世界で唯一の肉親。運が良いのか悪いのか、生き残ってしまった片割れ。
ただ一人のために、お互いは武器を振るう。
(世界で唯一のきみ)