その日はなんてことはない日だった。は朝から掃除に勤しみ昼食の後は修業をした。そのあとは他の人の手伝いをしたり頼まれ得て修業をつけたりするのだが今日は違った。
 あまり人の来ない船尾で荷物に隠れるようにして座り込みじっと夕陽を見ていた。飽きもせず、一人で、ずっと。

「こんなところにいたのか」
「……船長、さん」

 かなり暗くなっていた中ではさらに暗さを感じた。夕陽は彼の背に隠れてしまったのだ。漏れる光がちらちらと目に入る。

「会ったときも、こうでした」
「あ?」

 突然の言葉に彼は理解が追いつかない。ただ言葉を咀嚼してみても彼女の言う場面と今の状態は似ても似つかない。二人の出会いは町中で、彼がいきなりの腕を掴んだのがきっかけだ。今のこの場とは結びつかない。

「どこがだ」

 彼の問いはもっともだったがは力なく笑う。俯きがちな姿は普段のとは違う。いつもならもっと飄々と、彼の言葉を軽くいなしてみせる。

「私、利があったからこの船に乗ったわけじゃないんですよ」

 元々彼女がこの船に乗ったのは彼の提示する条件に乗ったからだ。彼はそう思っていたし彼女もそう公言していた。
 しかし今この船尾でうずくまる彼女はそうではないと、違うと言っている。
 いつもの彼が知る彼女はどこへ行ってしまったのか、ここには彼の知らない彼女がいた。

「じゃあ、どうして乗った」
「見つけてくれたからです」

 間髪いれぬ答えだった。はっきりとした答えと俯いていた顔を上げぶつけてきた視線に彼は真っ向から向かいあう。

「見つけてくれた最初の人は良い人でした。他の人も。もちろん、船長さんも」

 彼はその言葉に顔を顰める。己が一番でないことが気に食わないのかもしれない。

「でも、」

 否定の声に彼は彼女の言葉を待つ。その先への期待か、彼の体はほんの少しに近づいた。

「今の私を見つけてくれたの、船長さんだけなんです。どんな手品を使ったんですか」
「言ってる意味がわからねえ」

 せっかく上げていた視線は再び俯きその表情は隠れてしまった。ぼそぼそとした声が彼に届く。

「その、今の私はすごく気配が薄いんです。普通というかほとんどの人は見逃してしまうぐらいに」
「それがどうした。おれは見つけた。次も見つける。だから、理由なんざどうでもいいだろ」

 言いきったその態度はある種の清々しさを感じさせた。は下を向く。小さくうなずいて。

「んで、早く来い。夕飯だ。てめえ待ちなんだよ」
「……あとから行くので放っておいてくれませんか」

 そうが口にした直後、の隣にどかりと座る音。膝を抱えるようにしていたとは触れそうで触れない。

「……一人に、させてください」
「そんな状態の女残すほどひでぇ男じゃないつもりだが」

 そう言って彼は日が暮れてもが立ち上がるまで傍にいた。


(気まぐれレイニー)