新世界と呼ばれる場所に向かうために必ず通る場所がある。
いくつも別れた航路の集約地点は大きな樹木が集合して成る島で、名をシャボンディ諸島という。
にとっては二度目のシャボンディ諸島だが前回と違いはもう正規の方法でこの境界線を越えることができない。
前回は賞金稼ぎとして堂々と渡れたが今回は海賊船の一員だ。非正規の方法で抜けることになる。
つまり、海底をくぐり抜けるのだ。
そのためには船に特殊な加工が必要で、シャボンディ諸島はどの海賊団でも一度滞在を余儀なくされる。
ハートの海賊団も例に漏れずシャボンディ諸島での滞在を申し渡されていた。
久方ぶりの長い骨休めだった。
ハートの海賊団は大きすぎず小さすぎずのまとまった海賊だ。
ローの意向というよりは好きでお揃いのつなぎを着るのが暗黙の了解だが別に義務ではない。
もこの船に乗るようになってからつなぎを着ているが肩まわりが動きづらいのでつなぎの上は身に纏わず袖の部分を腰に巻きつけているので一見するとお揃いのつなぎには見えないがつなぎの背中にはしっかりシンボルマークが入っている。
そのシンボルマークはある意味で目をつけられる可能性があったが皆いつも通りお揃いのつなぎを着ている。
中には治安の悪い地域もあるのだが各々気をつける旨が一応通達されいつも通り自由時間になった。
良くも悪くもことが起こらない限り、この船は個人活動がしやすい。
「ロー、あなたどうして私の隣にいるんです」
「てめえの恩人を見たいだけだ。暇つぶしにちょうどいい」
「はあ、別に構いませんけど」
そうして向かったのは治安の悪いと言われる番号地帯で、当然手配書に載っているローはしばらく歩く度に絡まれ、も絡まれ、適当に散らして行くが二人共世間話のついでに倒す始末だ。
「ああ、そうだ、ロー」
「なんだ」
「渡したいものがあったんです」
あそこですよと建物が見えてきた頃、はそう言いながら自分の荷物の中から一片の紙を取り出した。
その紙をローは見たことがある。それが何かを知っている。
なんてことはないように彼女はそれをローに向かって差し出した。
「正気か?」
「なぜ? あなたは私の船長でしょう」
ビブルカード。
ビブルカードの元になった人物の居場所を指し示す紙は誰にでも渡せるようなものではない。
それはその人の分身のようなものだ。いつでも相手の居場所を知れる。弱っていることもこのビブルカードは示してしまうから、ある意味で弱みを相手に託すようなものだ。
「あなたのハートを尽きさせないと言ったでしょう。これはその決意のようなものとか、そういうのでいいです」
「ずいぶんと投げやりだな」
「馬鹿なこと言わないでください。こんなおそろしいもの、やたらめったら作るものでも、渡すものでもないですよ」
互いに持てば居場所と元気か瀕死かどうかの区別はつく。
それをおそろしいと断じた彼女の答えにローは頷いた。
仲間であれば良い。ただしこの海は裏切りや騙し合いがないわけではないのだ。人は裏切るし、裏切らなくても騙されたり、利用されたりする。
自分以外の行動によっては自分の弱みをにぎられるリスクをあえて冒すことをもローも好むタイプではない。
それでもは歩む足を止め、怪訝な顔をするローに苦笑しながらも差し出した手を引くことはない。
さんざん追い回してきた輩は今は二人の間を察したかのように息を潜めている。
「頭のネジでも取れたか」
「この世界に来た時に一つや二つ、落としてきたかもしれませんが元々ネジがなかったりゆるかったりするんですよ」
彼女の声にローは応えた。
応える義理もなければ彼の優先すべきことは彼女の声とはともすれば反するものだったけれど、それでもその手を振り払う気はローにはなかった。
そこに手に入るものをふいにするなど、海賊の名折れだ。
「もらってやるよ」
「そうしてください」
そうしてローはその小さな紙片をなんてことはないように、けれどきちんとしまい込み、はそれを見届けて、もうすぐですよと声をかけた。
(極彩色の海)