船長室には医学書が山ほどとは言わないがまあまあの数が揃っていて、彼らの船長は航海の途中には船長室で医学書を読んでいる。
 それは船員たちにとっては当たり前の話だったけれどそれ以外にもいくらか蔵書があることはあまり知られておらず、そこに時折訪れては医学書以外にほんの少しある本を読んでいる人間はだけだった。
 ハートの海賊団には読書好きはあまりいないらしく、本を借りたりはしないのかというの疑問に首を横に振る答えがほとんどだ。そもそもほとんどが医学書だったし、わざわざ船長に借りるよりも仕事もやりたいことも海の上も港町でも山ほどある。
 なのでわざわざ船長室に長居する物好きはぐらいなものだった。
 今日も彼女は船長室で少しずつ綴られた文字を追っている。

「この船長室はたまに面白い本がありますよね」
「おまえが読めるような、だろ」
「ええ。あまり読み書きは得意じゃないんで」

 は船長室の本を読みに入り浸る数少ない人間だが読める本はこの船長室には少ない一般書よりもさらに少ない時折混じる民話集ぐらいだった。最近は随分と読むこともなれたのか新聞なども簡単な記事ならある程度は読んでいる。
 以前ローの持つ医学書を借りて読みふけっていたことがあったがあとから聞けば体調が悪かったが言うほどでもなく、なんとか自分で解決しないだろうかとあれこれ慣れないながらも読み漁っていたからで、気づいたローに厳重注意をもらっていた。医者が目の前にいるのになぜ診せないのかと。至極まっとうなご意見である。
 そんな読み書きの苦手な彼女だが、書く方は読むよりも苦手らしく、彼女が自分のために走り書きでメモする言葉はローも見たことのない地方の文字だった。何を書いているのかと聞いても覚えておきたいことや知られたくないことに決まっているでしょうと言われ、ローはそこに何が書いているのかを知らない。知ることも恐らくないだろうと時折見かける走り書きも横目で流している。

「ここ、医学書がほとんどですけど、同じような民話を買い集めていますよね」
「そうだな」
「探しているものでも?」

 医学書のある棚にしては意外なものは子ども向けに紡がれた民話だ。お伽話のようなものもあって、死の外科医の本棚にしては随分とかわいいものだ。手持無沙汰な時に読むのだとしても随分と趣向が離れている。
 が折々にこの部屋に居座って読んだものもいくつかあるがどうも東の海や南の海、北の海とそれぞれの地方の民話まであれば同じ話でもいくつか話の筋が違うものもあった。適当に見繕ってきたというより意図して買い集めているのだ。

「……昔読んだ話をさがしてるだけだ」

 たった一言だったがはそうですかと頷くだけだった。
 海賊なんて無法者をしている人間の過去はまっとうなものとは言い難い。
 それは様々な過去だが自身は最低最悪の環境と言われる、戸籍すら持たない無法者の集まりの土地の生まれということが強いて言えばそうだろう。
 けれどそこは統治する集団がいて、ある一定のローカルルールがあり、世間で言われている善悪とは離れてはいてもからすれば一定の秩序のある少々変わった地域という認識だった。外に出てみて初めて気が付いたことであり、生まれ故郷と言えどその場所自体には大して思い出もない。世話になったなという思いぐらいだ。
 それでもそこはのルーツだ。今となれば帰るのも難しい生まれ育った場所の話は通じる人間もおらず、強いて話す場所ではない。
 だからは自分がどこでどう生まれてどう育ち誰といたのかなんて話したことはないし周りの仲間のそういった話も強いて聞かないし、彼らも強いて話さない。時折話の流れで誰かが話すことがあるけれど、話したがらない人間は誰も深堀はしない。
 ローの本を探す行為も彼の海賊らしからぬ彼個人の話なのだろう。
 でなければ彼が集めるような話ではない。それは随分とかわいらしく、夢があり、幼い子どもが親に、年かさの兄弟に読み聞かせをねだるような、そんな話なのだから。




 いつか彼の求める話に出会えるよう、は密かに願いながらページをめくった。


(寂しがり)