船内は騒然としていた。あわてふためきどうすべきかと誰も彼もが混乱の境地だった。
「おまえら、少し、黙れ」
その中で地を這うような声。自然と静かになる船内。全員がただ一人の声を待つ。
シンと静まり返る船内は先ほどまでの出来事に驚きを隠せない。それ見ていたのはわずかの人数だがとにかく信じられない瞬間だった。
「小舟は」
「前方に確認。別に振り切るつもりはないみたいです」
がさらわれたと聞いてすぐ船は小舟を追いかけている。もちろん元から馬力が違うのだ。追いつくことも可能だがどうしてこうなったのかがいまだはっきりしない。
定位置の椅子に座り込みローは黙ったままだ。
「キャプテン……」
「心配するな、ベポ。おれがを放り出すわけないだろう」
今のと同じような目に仲間が遭えばローは同じように助けようとする。この船はおれのもの、船員もおれのもの。すべておれのもの。そう言う分、彼は全力でおれのものを守る。
ローはが連れ去られる場面を直接見た人間の一人だ。そして彼女が連れ去られた理由はわからないが原因の見当はついていた。
「が「思いで草」の幻覚にハマったんだな」
「……じゃなきゃあのがほいほいあんなやつについていったりしないよなあ」
が見ていた男をローたちももちろん見ていた。白いフードつきのマント。顔立ちは最初はわからなかったが本人自らそのフードを外した。
小舟におぼろげな灯りひとつ持って乗っていたのは白い男だった。白と見間違う白金の髪、白すぎる肌、瞳の色まではわからなかったがまだ十代の後半、二十に満たない年頃のようだった。
少年の顔を見た途端にの動きはたちまち鈍くなり警戒心をどこかに捨て置いたままあっさり小舟に乗り移ったのだ。そしてふらり、倒れ込んだ。
わずかな間の出来事だった。倒れ込んだを少年はそっと受け止め静かに寝かせるとそのまま船から離れていったのだった。
「問題はあのガキがなにを求めているか、だ」
あの少年はを求めていたのか、誰でもよかったのか、いったいなんだったのだろう。それが誰にもわからない。
ただとりあえず今は追うことしかできないのだ。何もわからない今むやみに小舟を襲っても意識がないにどんな被害が及ぶとも限らない。
もどかしさが船内に充満し言葉数は少ない。どうなる。小舟は、と姿を追う数名をせかすような視線が集まる。
「お、止まった。なんか桟橋がある」
「ベポ、キャス、ペンギン、上陸準備。他も何が起きてもいいようにしておけ」
言うなりローは操舵室を後にする。自身も準備をするのだろう。
「あのガキ、このおれのに手を出したこと、後悔させてやる」
「なあ、これおれが捕まったときは「おれのキャスケット」になるわけ?」
「ベポとぐらいしか様にならないな」
ほんの少し、いつものような軽口を取り戻しつつ一行は霧の中、少年との後を追う。
(足りないピースはどこ)