現在滞在中の夏島はログがたまるのに10日ほどかかることもあり船員は各々好きなことをしていた。
 も情報交換目的で一度は別れのあいさつをしたはずのドレークたちと飲んだり島の散策を楽しんだりしていた。
 それから一週間、昼を過ぎたころは久々に船に戻って来た。
 休暇中とは言え船の見張り番は交代制で行われている。は先日の講座の時に見張りの番にもついていたので今日船に戻って来たのは仕事があったからではなく単になんとなく気分だったからだ。

「あ、!」

 甲板に上がりなり名を呼び駆け寄ってきたのはベポだ。まるで忠犬のようだがはこのくまの本当に信を置いている相手を知っている。

「どうしたんですか?」
「キャプテンが船に帰ってきたら一番に船長室に来いって」
「……機嫌損なうことしましたっけ?」

 ローが誰かをわざわざ呼びつけることは滅多にあることではない。火急の用ならばこんな言伝などしない。考えられるのは何かしらの理由でローの気に障ることをしたということぐらいだった。良いことならばこのような呼び出しをせずに自ら会いに来る。ローとはそういう男だった。

「んー、おれわかんない」
「ありがとう、ベポ。いってきますね」

 手を振るベポに手を振り返し船内へと歩を進める。
 船内にはいつもと違って人気がほとんどない。足音一つ取ってもいつもより大きく響く気さえする静けさだった。
 足を動かしつつが考えることは上陸中の行動である。上陸初日は久々の陸にローは上機嫌だった。それをはその目で確認している。ただそのあとからは別行動で今日まで会っていない。
 しかしそれは特に珍しいことではなかった。
 は上陸中よく一人になるのだがそれは周知の事実である。

「……あ、もしかして」

 可能性が脳裏に浮上したとき、すぐそばの扉が開いた。目的地でありその扉の向こうには会いに来た相手がいた。

「ロー、どうしたんですか」
「……入れ」
「はい」

 低い声、少ない言葉には内心苦笑いだった。頭の中はこの船長をどう扱うかでいっぱいだったが笑みをこぼすようなことは避けた。そんな愚行をするほどは間抜けではない。
 パタリ。閉まる扉。
 から数歩離れたところに背中を見せるローがいる。

「一昨日、誰と飲んだ?」

 ああ、と顔が見えないことを良いことにはほんの少し口の端を歪めた。
 そのうち誰かに見られることはも承知していたがそれは彼の役となったらしい。他に見ていた人間がいてもこうして聞いてきたのは彼が初めてだった。

「Ⅹ・ドレークたちと」
「余所の奴と飲むとはまた、イイ御身分だな」

 振り返り笑うローの表情は暗い。はそれを真正面から受け止める。黙って、ローを見据えた。

「何か言うことは」
「昔馴染みとの酒の席です」
「昔馴染みか」

 鼻で笑うローはそれを素直に受け止めてはいないのだろう。に向ける目はひどく冷たい。
 部屋の空気が重い。お互いに退く様子も見せない。

「……ロー、」
「あ?」

 名を呼ぶは先ほどからローの視線から逃げることはない。むしろ逃げることを許さないような目を彼に向ける。

「私が、ドレークに仲間を売ったとでも思ってるんですか」

 その瞬間、大きな音がした。木製の扉が悲鳴を上げる。
 は、一瞬顔を顰めた。

「そこまでおれをくだらねえ男にするなよ、

 両腕に閉じ込められワルい笑みを浮かべる男に捕まっている。の発言は仲間を売るような人間を仲間にしたんだろうというローへの挑発と取れたのだろう。
 はここまできてようやくくすりと笑う気配を見せた。ピクリと、震える相手をは見上げる。
 こげ茶色の瞳は攻撃的な光と灯してを捉える。

「じゃあどうして怒るんです。私がどこで誰と何をしようがそれは自由です」
「お前が、おれのクルーだからだ」

 猫のような瞳と声には笑みを深くする。ローは不機嫌そうにを見た。
 おそらくは多くの女性をオトしてきた声だろう、腕だろう。おれのものだと豪語するその瞳は女性以外の、この船のクルーの全員を惚れさせた男を感じさせる。

「クルーは、守るべき対象ですか?」
「全部、おれのものだからな」

 ああやっぱり、とが心の中で笑ったことなど彼は知らない。
 その両腕がふわりと動き彼の首に絡みつく。

「でも、だからといって、それは野暮というものです。トラファルガー船長?」

 耳元で吐息のような囁きを残すとは一瞬固まったローの拘束からするりと抜けだしそのまま扉の外まで逃げた。

「ということもありますから」
てめえ」
「はい?」

 にこにこと微笑むにローは苦虫を潰したような顔である。先ほどまでの何とも言えない空気はどこにもない。

「てめえ、わかっててやったな」

 睨みつけるローにひるみもせずは一言。

「何のことか、皆目見当もつきません」

 舌打ちするローをよそにはひらり、ゆうゆうとその場を立ち去った。




(その日の夜、とある酒場にて)


「やっぱりローはかわいい反応でしたよ、ドレーク」
「……(はあ)」
「どうかしました?」
「……なんでもない」


(白猫の誘い)