電話が鳴る。ひょいと出る。そこまではいつも通りのサイタマ先生だ。ただその後が少々様子が違っていた。よく見なければわからないほどの違いだ。強いて言うならばいつもよりも気安い雰囲気だろうか。
 いくらか言葉を交わし、面倒な様子を見せるが拒否や嫌悪は見られない。どちらかといえば仕方がない、という調子で先生は嘆息した。
 電話が終わると先生はおもむろに立ち上がった。気負った様子もなく既にいつもの先生である。

「ジェノス、ちょっと街の近くまで出てくるわ」
「どうされました?」
「んー、今から家に人来るけど、嫌なら適当に出ててくれ」
「それは構いませんが」

 おう、とラフな格好で出ていった先生はしばらくすると少しだけムッとした表情の女性を連れて部屋に戻ってきた。
 女性は大き目のトートバッグと買い物袋を一つ。重そうな荷物は先生が代わりに運んだのだろう。袋の一つからネギが飛び出しているのが見えたので食料品を買い込んできたのを理解する。
 女性は部屋にいた俺を不審人物と言わんばかりに見ている。

「……だれ」
「さっき言っただろ、ジェノスだ。俺の弟子ってことになってる。ジェノス、こいつは俺の幼馴染だ」

 弟子、と小さく口にして彼女は少しばかり警戒を解く。俺は俺で幼馴染と紹介された女性に意外な思いだった。先生からそういう人の話は聞いたことがなかったからだ。

「どうも」
「どーも」

 挨拶もそこそこに、先生に持たせていた荷物を受け取り、彼女は取り出しあっという間に料理を作り出す。先生の家で料理をするのは手慣れた様子だ。
 先生はそれを特に気にすることなく部屋に戻って読み止しの漫画を手に取った。

「たまに来ては保存食作ってごろごろして帰るんだよ」
「先生それはいわゆる」
「そこのジェノス黙って」

 料理中でも話は聞こえたのか鋭い声に一応話は止める。
 サイタマ先生は彼女の制止の声の意味を気づいていないらしい。ただ俺がこの状況に疑問を抱いていることには気づいたようで、キッチンに立つ彼女を見て何気ない様子で説明してくれた。

「一人だと作るのが面倒だからついでなんだと。こいつの飯うまいし助かってる。ジェノスもたまには人のご飯食べたいだろ」
「やっとヒーロー登録したんだから多少まともなもの食べないとでしょ」

 当然のような会話の流れに俺はつい黙ってしまう。
 先生、モテたいと言ってましたが目の前の彼女はおそらく。
 物言いたげな視線を敏感に察知したらしい女性はまたもや俺を一睨みし黙らせた。さすが先生がそばにいることを許すだけのことはある。気配に敏感だ。

「俺はお二人のこと応援します」
「なんのことだ?」
「黙っててお願いだから。あとサイタマ、醤油切れるから買ってきて。好きなお菓子買い忘れたからそれも」
「え、どれだ?」
「いつも買うチョコクッキー。ご飯の後に食べたいからおつかいよろしく」

 唐突な振りだったが料理をしてもらっている手前もあるのか先生はしょうがない、と立ち上がる。
 そうやって先生をあっという間におつかいに出してしまった彼女は先生が出ていった途端に俺の方をギロリと睨んできた。眼力もかなりのものだ。

「ジェノス、余計なことは言わない」
「いえ、でも」

 どう見ても彼女は先生に好意的だ。そして彼女の行動は完全に身内のもので、先生の胃袋はかなり掴まれている。時折料理をする際に曖昧な伝聞系でのリクエストは彼女の手料理で振舞われたものだと容易に想像がついた。
 仲は良好であるならそれを俺が推奨することに何の不都合があるのか。それが顔に出ていたのだろうか。彼女は言葉に迷う俺の名をゆっくりと口にした。

「ジェノス」
「……わかりました」

 それ以上しゃべるなという圧力に俺は献立の一品をリクエストすることで応対した。
 その後、食卓に出てきた料理はどれも素晴らしく、そしてリクエストに応えてもらった一品以外、どれも先生の好みのものだった。



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