蔵内和紀/WT
高校の同窓会も十年近く経てばほとんど見知った人間と一斉に集まる日にしかならない。ならないはずだった。
「なんだか不思議な気分」
「何が?」
「蔵内がお酒飲んでる」
駅近くの適当なバーに入った後、ボウモアを頼む蔵内に見栄を張らずにカクテルを頼む。ウイスキーも飲めないことはなかったが下手に冒険する理由もない。何よりにこにこと余裕そうな相手を前に酔いつぶれるリスクは冒せないと私のささやかなプライドが声を上げた。
「大人だからね」
「そりゃそうか」
二十代ももう後半戦だ。三十歳なんて遠い未来みたいだったけれどあと数年で遠い未来はやって来る。そう思えば蔵内がウイスキーを味わう姿だって不自然なことはない。見慣れないだけだ。
「二人とも結局三門にいるのになかなか会わないもんだね」
「こっちはボーダーの施設ばかり行き来してるからな」
学生の頃は毎日会える貴重さなんて考えたこともなかった。大学は県外だったけれど就職で三門に戻ってきた。蔵内がボーダーに就職したことを知ったのは数年前の同窓会でだ。その頃は懐かしいな、とただ思うだけだった。
今日はどうして二人で飲むことになったんだったか。偶然だったけれど、帰るタイミングと方向が被った、そんなベタな展開だ。
「蔵内見てると恥ずかしい思い出がよみがえるな」
「それは、あの頃の?」
ふっと笑う蔵内に私は苦笑いだ。
「蔵内と綾辻の仲を疑った恥ずかしい過去ですよ」
「あれは、確かに照れ臭いな」
当時蔵内と付き合いだして数か月。蔵内は生徒会長にボーダー隊員に忙しくて私との時間なんてほとんど取れなかった。それでもいいと思っていたはずなのに副会長でボーダー隊員の綾辻との噂を聞いて嫉妬の嵐だった。それを素直に伝えれば良かったのに上手く言えず、すれ違って意固地になった私はそれが誤解だと知る頃には蔵内とは連絡を取らなくなっていた。
よくあることだったけれど意地を張った上に頑固な私は卒業まで蔵内とはぎこちないままだった。今みたいに普通に喋れるようになったのも同窓会で当時のことを謝ってからだ。
「蔵内は真面目に学業もやりたいことも頑張ってただけなのにさ。ひどい彼女でごめんね」
「俺ももっと話をした方が良かったって思ってたよ」
今日、私は蔵内が恋人と別れたばかりだということを話しの流れで聞いていた。それを聞いて、なんとなく飲みに行く流れに促したのだけれど蔵内はどこまで見越しているんだろうか。
「今なら話せばもう少しなんとかなったって冷静に考えられるのにね」
「あれはあれで一生懸命だったってことだろ」
「確かに。ずっと蔵内のことで頭いっぱいだったもん」
それは掛け値なしの本当で、今の私にとっては少しの打算の籠った言葉だ。大人になると全身全霊のアタックはできなくて、それは人に寄ってずるさだとか計算高さだとかいうけれど私はそういうのも嫌いじゃない。
にこりと笑えばくすぐったそうに笑う蔵内に、高校生の頃の表情を少しだけ見た。あの頃から蔵内は髪をきれいに整えて、綺麗な男の子だった。
「蔵内、十年経っても綺麗なままだね」
それは思ったことを口にしただけだった。ボーダーにいて昔から鍛えているのか見た目もシュッとして、顔立ちが年を重ねた落ち着きを得た、あの頃とは違う綺麗さがそこにあったのだ。
「そっちは、あの頃も可愛かったけどもっと綺麗になった」
さらりと恥ずかしげもなく口にし、ボウモアを嗜む相手に私はすぐには反応できず思わず口元を隠す。これではどちらが仕掛けたのかわかったもんじゃない。
くすりと、隣で笑う気配にしばらく何も言えそうになかった。