「涼ちゃん、おはよう」
「……おはようっス」
黄瀬家の朝は、驚くほどに静かだ。
普段の黄瀬涼太を想像すれば朝から実に賑やかで楽しげな食卓であるはずが、小さく響く食器の音とテレビから流れるおは朝の音だけが妙に響いている。
黙々と食事をして、食器を片づけ、朝の用意を全て済ませると涼太はすっくと立ち上がっていってきますと姉の顔も見ずに玄関に向かう。
「涼ちゃん」
「何スか」
「えっと、今日は部活? 夕ご飯家で食べる?」
ちらりと後ろを振り返り、要る、と一言だけ返すとそのまま涼太は出て行った。冷たくドアの閉じる音。
は出て行ったことを音で確認するとふう、とため息。
「ちゃん」
「へえ?! 涼ちゃんいたの? どうかした?」
出て行ったと思ったら扉を開けてすぐ戻って来ていたらしい。目を真ん丸にして弟を見上げれば涼太は呆れ顔だ。
弟の外での表情の豊かさをはよく知っている。モデルの仕事はかかさずチェックしているし、時折電話での弟の声も聞く。それなのに家の、特にの前だと涼太はいつだって不機嫌だし、イライラとに当たる。たまに優しいこともあるが大抵は何をしても唇は真一文字に結ばれ、言葉少なだ。
「いたら悪いっスか」
「ううん。忘れ物?」
「……ちゃんの弁当、忘れたから」
「ああ」
家に人がいないことが圧倒的に多い黄瀬家での家事はの仕事だ。小さい頃からのの役割で、普段から友人におっとりしていてドジだと苦笑いを浮かべられるでも幼い頃から慣れている家の仕事はてきぱきとこなせる。
ぱたぱたとお弁当を慌てて袋に入れて手渡す。の弁当箱の二倍の面積が二段。これでも別にパンやらおにぎりやらを買い食いしていることをは知っているがよく食べるなあと感心するばかりだった。
「涼ちゃん、お弁当足りてる?」
「……部活のみんなと買ったりするから、ヘーキ」
「そっか。そういえば、最近嫌いなものも食べてえらいね」
あ、と思った時には涼太はむっとした顔で子どもじゃないっスから、と言ってもう踵を返していた。が何かを言う前に飛び出して、今度こそ扉の向こうへ消えて行った。
「……またやっちゃった」
昔はちゃんちゃんとのそばを離れなかったが段々と背が伸びてきた頃から、弟はなんでもできる子になっていた。ある日気づけばモデルにならないかとスカウトされたと言い、今もモデルの仕事を続けている。中学一年の頃はそれでも投げやりに学校に通っていたのだが最近は毎朝毎晩バスケのことで忙しい。バスケの試合がテレビであればかじりついて見ていたし、バスケの雑誌もよく見ている。部屋にはバスケット選手のポスターが貼られている。
そのあたりから、涼太はのことにいら立ち始めた。おそらくは思春期というやつなんだろうなあと、はぼんやり思っているのだがやはり小さい頃からちゃんと目をキラキラさせて後ろをついてきた弟が面倒くさそうな目を向けてくることには寂しさを覚える。
「私も学校行かないと」
部活をしていないとはいえの学校は家からそれなりに離れている。朝練に行く涼太のすぐ後に出て行かなければ余裕をもって学校には到着できない。
洗い物だけしてしまうといってきます、とは静かに家を出た。
「ちゃんがかわいくて今日も辛いっス。上手く喋れないんスよ」
「本人に言ってあげたらどうですか、それ」
「だってシスコンってかっこ悪いじゃないっすか~」
「もう立派にシスコンです」
相思相愛のブラコンシスコンであることは周りのみぞ知る。
(お姉ちゃんと一緒)