「大輝ー! 起きろー!」
青峰家の朝はこの叫び声で始まるようなものだ。ほぼ毎日、家族一の問題児を起こすのは姉の役目だった。朝から制服にエプロンをかけて弟の部屋に乗り込む姉の身支度は完璧だ。後はエプロンを外せばすぐに登校できる。
その彼女が乗り込んだ部屋では未だにベッドの上で寝続ける姿がある。掛け布団はかろうじて彼の腹部にかかっているものの本来果たすべき役目を果たさせてもらえていない。
彼女はそのあわれな布団を彼から引き離し床に適当に広げた。そして気合いも十分にベッドの奥へ乗り出す。壁と弟の間に入るとその両腕を弟の腰の下を抱え込むようにがっちり掴むとそのまま力一杯転がした。
鈍い音と呻き声。布団が一応クッション替わりになっているが弟は見事床にダイブである。
「んだよ……」
「朝! 部活に行くんでしょ大輝」
「んーあー」
ベッドから転がり落ちたというのに目を開けることすらせずなおも寝続ける気の弟に姉は溜め息をつくこともない。ここまでは毎朝やっていることだ。堪えることのない弟よりもいつか床が音を上げそうなことになっているが。
床に弟を蹴落とすという労働の後、彼が持っていると必ずし数日内に壊してしまう目覚まし時計をここにきて耳元に持っていく。タイマー式を使うことのない手動目覚まし時計である。
スイッチをオンにすれば途端に近所迷惑になりかねん音量で耳につくアラーム音が鳴り響く。
さすがの大輝もこれには眉をしかめるが今度は驚異的なスピードで目覚まし時計を止めようと手が動く。そこを反射でかわす姉はもう意識はあるらしい弟をドア際まで蹴り転がして最後通告。
「次は階段コース!」
「……げ」
「起きろ!」
そこまでやるとようやくのそのそと大輝は起き上がる。朝から実に体力を使う作業だ。これに加えてお弁当まで作っているので姉の朝は早い。
「うぜえ」
「階段」
「起きりゃいーんだろ」
睨めばようやく起き上がってふらふらと部屋を出て洗面所に向かう。ここまできたらよほどのことがない限り弟は二度寝しないので姉はようやくリビングに戻る。
リビングには一人ダイニングテーブルでのんびりとする姿がある。。両親は朝から仕事で既にいない。二人姉弟の青峰家でそれ以外に人がいるとすれば限られてくる。
「さつきちゃん、大輝もうちょっとかかるわ」
「うん。ちゃん毎朝おつかれさま」
すごいなあ、とのんびりカフェオレを飲むのは桃井さつきだ。自宅ではないのに自宅のごときくつろぎようである。
それもそのはずでこのやり取りはもう十年以上、多少の変化はあるものの変わらず繰り返されてきたものだ。その頃から青峰家に出入りするさつきは家族と変わらない。
はここでようやく自分の朝食の時間だ。朝から働いている分しっかりと食べる。
「大ちゃんもだけど、ちゃんも食べるよね」
「あいつ起こすのだけで労力だからね」
そう言ってチーズを乗せたトーストに目玉焼き、野菜たっぷりのサラダとコーンスープにヨーグルトを完食するは確かに同じ年頃の少女たちよりも食欲旺盛だろう。すごいなあと、さつきが改めて感心している。
「あいつ寝ても寝ても寝たりない上にどんどんでかくなるし何なの」
「おばさんたちももう呆れて何も言わないぐらいだし?」
「そうだよ。あいつがいるからうちはお米すぐなくなるからね。さつきちゃん見たらビックリするよ」
信じられない、と言うは彼のために毎日三段弁当を用意しているのだがそれですら足りないというのだから本当に食べ盛りというものは恐ろしい。
ごちそうさま、と食器を手早く片づけるは二階から降りてこない弟に向かって叫ぶ。
「大輝! さつきちゃん来てるから早く降りて部活に行きなさいよー!」
「うっせーよ!」
恩知らずめ、と階段の方向に向かってあっかんべえと舌を出すにさつきは苦笑いだ。さつきもよく部屋に行って起こすことがあるのだがこれが毎日であんな調子じゃ恩知らずと言われても致し方ない。
「私も行かないと。さつきちゃん後よろしく!」
「いってらっしゃい!」
普通よりも大きめの二段弁当の蓋を閉め、慌てて家を出るを見送り、それからようやくリビングにやって来た大輝にさつきはもう、と怒っている。
「ちゃんみたいなお姉ちゃんそうそういないよ?」
「てめえはあいつの愚痴を聞かねえからそんなこと言えんだよ」
お互い様だろと用意された朝食を当然の顔をして食べ始める大輝にさつきは溜め息。
「早く行かないときーちゃんが待ってるよ」
「待たせときゃいいだろ」
もう、と言いながらもまともに言うことをきいてくれた試しはないのでさつきは諦めて大輝の用意が終わるまで待つだけだ。幸い、はいつだって早めに大輝を起こしてくれる。
食べ終わった食器をさっと台所に持って行き置かれていた三段弁当をひょいと手に取ると行くぞ、とまるで待たされていたのは自分だというような態度にさつきは大ちゃん、と抗議の声を上げたが無視された。
「もう!」
それでも綺麗に片づけられたテーブルを見ると仕方ないと思って、さつきはいつものように勝手に出て行く大輝の後を追う。
(お姉ちゃんと一緒)