赤司家の朝は早い。父親は朝一番に食事を摂るのが常だが、そもそも家にいないことが圧倒的に多い。親子の朝のやり取りはなく、基本的に朝は別々に食事を摂る。ただ、子どもたちだけが登校時間が近いので二人で朝食を摂る。

「おはようございます、征十郎さん」
「おはよう、姉さん」

 お手伝いさんが用意する朝食は一週間栄養バランスの考えられたものだ。のものは少々少なめで、弟である征十郎は中学ではバスケ部に入学し体力をつけるためもあり食事の量はほぼ倍はある。時折姉のリクエストでパンが並ぶこともあるが赤司家の朝食は和食が基本だった。
 よく考えられた適切な食事を朝早く姉弟は美しいと見惚れそうな動作で口に運んでいく。食器の微かに触れる音だけが和室に響いている。食事中の会話はあまりなく、食後のお茶の間が姉弟の朝の語らいのひと時だ。

「征十郎さん、もうすぐ夏の大会だけれど、チームの調子はどうかしら?」
「問題ない状態です。個々の能力の向上に日々努めています」

 答えは端的だがその表情はやわらかく、微笑んでいると言ってもいいぐらいだ。
 帝光の赤司征十郎を知る者から見れば信じられない光景だった。一から十まで、何か起こったのだと思わずにはいられないぐらい、彼は終始穏やかだ。鋭く光る瞳はどこにいったのか、実に学校での赤司征十郎とは程遠い言動ばかりだ。
 ただ、家での赤司征十郎はこれが常だった。厳格な父は姉弟の礼儀作法に関しては徹底している。ほとんど家にいない親だが子どもちの教育には厳しくあたった。
 家族間での敬語は当たり前のことで、文武両道、常に前に立つものとしての自覚をもて、と二人は育てられた。
 ただ、姉のは体が弱く、激しい運動には向かないので代わりのように多種多様の習い事を掛け持ちしている。征十郎も学業はたゆまぬ努力を続けているが姉には敵わないと思っている。わからないことを姉に問えば答えはいつも返ってくる。稀に彼女もわからないことがあっても次の日には必ず彼の疑問に答えてくれた。
 弟の部活が順調らしく、の表情は和らぐ。中高一貫の女学院に入学したは弟の通う帝光中学校が気になるらしく、時折話を聞いてはこうして楽しげに笑う。

「よかったわ。……ねえ、征十郎さん、」
「駄目です」
「まだ何も口にしていないのに」

 む、と口をへの字にする姉に弟は涼しげな顔で狼狽えることもない。
 夜はお互いの帰宅時間が合わなければ時間を取りづらいほど二人の生活はスケジュールが立て混んでいる。休日も征十郎は部活だし、も趣味の美術館巡りや父から言われた舞台や個展等の鑑賞に忙しい。
 そんな二人にとってゆっくりと会話をできるのがこの時間だった。会話というよりはもっぱら姉が弟の中学生活に興味津々という質問時間のようではある。今も征十郎は手に取るように彼女の望みがわかった。

「試合を見に行きたいということなら駄目です」
「大人しくするわ」
「慣れない場所です」
「お友だちと行くわ。これなら大丈夫」

 だから試合の日程を教えてくださいねと、の見えない尻尾がパタパタ揺れている。
 さてどうしたらこの嬉しそうな姉の期限を損ねることなく試合を諦めさせるだろうか。

「それより姉さん、もう出ないと遅れますよ」
「あら大変! 征十郎さん、帰ったら今日こそ教えてくださいね」

 難題に内心考えを巡らせながらも慌てて玄関に向かう姉を見送る征十郎だった。 

(お姉ちゃんと一緒)