真ちゃんと、赤いランドセルの女の子が呼び掛けて来ていた頃から遠くにきたもので、背の高さも体の大きさも声の高さも変わってしまった二人だけれど、セーラー服に身を包んだ女の子が真ちゃんと呼ぶ、その名前の呼び方だけが変わらずにいまに至る。
真ちゃんは、パッと見ただけじゃわかりにくいでしょう。
偉そうだし、できる人だし、わがままし放題だし、他にもいっぱい。
幼馴染の彼女から出てくる言葉はその通りとしか言えない緑間真太郎だった。
そうだねと笑うことができるのはきっと高尾ぐらいだろう。高尾はきっとこの高校で二番目ぐらいに緑間のことをよく観察している。そして二番目ぐらいに彼と接している。
何の因果か倒してやろうと思っていた存在が目の前にいるのは複雑な気持ちだった。複雑で、それでいて時折空を仰ぎ見たくなるような胸の苦しみがあった。それはいろいろな気持ちが混ぜこぜになっていて、高尾はそれを確かめることを躊躇う苦しさだった。
高尾は緑間真太郎を二番目ぐらいに見ていたが、緑間真太郎をこの高校で一番見ているだろう少女は彼の周りのこともよく見ていた。それは彼が高校生になる前からも含めて。
緑間真太郎はわかりにくくて、一見すると尊大で我儘で己の望むことを通す唯我独尊男だ。同じチームでプレイをすることはさぞや大変だろう。彼は無茶なことも平気で望んでくる。
彼はできるが故の尊大さを振りかざしレベルの高い要求をする。それを中学でも通してきたし、高校でもそうあろうとしている。
それが傍からどう感じるのか、彼女は知らないわけではない。
「だからね、高尾くんが真ちゃんのこと、嫌いじゃないの、嬉しいんだ」
彼女は人を褒めるのが上手だ。いいところを見つけるのが上手だ。
だからか、彼女と親しく言葉を交わす人間は多い。男女問わず。そして、親しくし始めればみんなが知っている。
彼女は、真ちゃんのためにやさしい言葉を見つけ出したのだと。彼の世界がやさしくあるように。
彼が言わない言葉で彼の見ている世界を彼女は垣間見て伝えている。
「よく見てるよなあ、ちゃん」
「高尾くんこそ、あっという間に真ちゃんのことわかっていくんだもん。すごいよ」
高尾からしてみればすごいのは彼女だった。あんな偏屈とよくぞ昔からずっと一緒に居られるものだ。
緑間が彼女を傍に置いているのではないのだ。彼女が緑間を傍に置いている。高尾はそう思っている。
一見物事をスマートに決めそうな見た目の割には生きるのが大して得意ではない彼をそっと支えている彼女は本当に緑間が好きなのだ。彼を呼ぶ声を聞く度、高尾はその声に滲む感情を羨ましいとすら思う。
「ちゃんの「真ちゃん」って、オレ好きなんだよ」
へらりと笑う高尾に彼女もつられて笑う。
「私も、高尾くんの「真ちゃん」が好き」
「何の話をしてるのだよ」
すると二人は顔を見合わせ、どちらからともなく口を開く。
「真ちゃんの話」
息ぴったりの言葉に真ちゃん以外が笑っている。
(真ちゃんと私のある放課後)