それはなんとなく決まった幼馴染みの「当たり前」だった。
時計を見ればあともう少しだと鏡の前に立つ。
あとは身だしなみを整えるだけ。「その頃」に合わせて支度をするのも慣れっこになった。
「真ちゃんきてるわよー」
「はあい」
手早く残りの準備を整えて、彼女はいってきますと家を出る。
かれこれこのやり取りも八年近くになる。
「おはよう、真ちゃん」
「おはようなのだよ」
「幼馴染の真ちゃん」は八年、決まった時間に彼女を迎えに来る。
小学校高学年になっても中学生になっても、それから高校生の今になっても、からかわれても何をされても、彼は毎日変わらず彼女を迎えに来ては隣を歩いた。
だから彼女もなんとなく、彼が部活の朝練に行き始めればそれに合わせた。
ピークより前の少しだけ空いている車内で彼と話す時間が、彼女は好きだった。
「真ちゃん、課題やった?」
「当たり前なのだよ」
「最後のとこ、どうやってとくの?」
「あれは昨日授業の時に出た公式の応用で、意外とすぐとける」
それはきみが真ちゃんだからだよ、と彼女は笑うが電車の中で教えてほしいと言えば二つ返事だった。努力をする者を彼は認めるが、こと幼馴染みの女の子には優しいことを、本人たち以外の多くは知っている。
毎日二人で昨日の課題の話や彼女の友だちの話、彼の部活の話を交わせば通学時間はあっという間に過ぎる。
彼女と真ちゃんは小学校こそ同じクラスになることもあったが中学は同じクラスにはならず、彼の方は部活に打ち込み、彼女も園芸部に入ったため登校以外で一緒にいることはほとんどなかった。
けれど高校一年生、入学式の日、二人で初めて学校に行き、そして数年ぶりに同じクラスになった。
五月も終わり、学校生活にも溶け込んできた頃には二人の登校風景は周りの人間には当たり前になっていた。
***
「普通はこれだけわかりやすければ何かしらありそうだけど、人徳かな」
「高尾くんどういうこと?」
高尾と隣の席である彼女は派手なタイプの女子ではないがクラスメイトの誰とでも卒なく話せるタイプではあった。高尾とやり方こそ違えど似ているところは少しある。
それでも高尾と違うところといえば彼女が女子高生であるところだ。そして、誰が見てもわかるぐらいに彼女は緑間が好きだった。
高尾自身は緑間真太郎に思うところはあるけれどその幼馴染は実に素直で真面目でお茶目で可愛らしく仲良くしない理由がない上に彼女と仲良くすると無自覚で緑間少年は不機嫌になるので高尾はこの位置を楽しんでいた。
「いや。それよか、ほい」
「どうしたの? 飴?」
「妹がこれは女子ウケするっていうんだけど、アンケート」
ありがとうと笑って新発売だとCMで謳っていた桃ソーダ味を受け取り口に含む。甘みと刺激が舌に広がる。
彼女にとって高尾の妹は高尾を通して話を聞くけれど少しおませな可愛い女の子の印象だった。そして流行ものに敏感でセンスがいい。
「確かに、これは女の子が好きな味」
「やっぱり? いまいちピンとこなくてさー。コーラ味のが好きなんだよなあ」
「私は他の果物系も捨てがたいな。いちごとか、レモンとか」
「貴様ら飴一つでうるさいのだよ」
頭の上から降ってきた声に二人揃ってすっと視線を移す。一人は嬉しそうに。一人は面白そうに。
「真ちゃん」
どちらからともなくほぼ同時に発せられたその呼び声に呼ばれた当人は顰め面だ。言葉にせずとも同時に呼ぶなと目が訴えている。
「高尾くん、飴もらっていい? なっちゃんとかしーちゃんにも意見聞いてくるよ?」
「んじゃあほい。よろしく」
「ありがとう」
緑間は何をしているのだという顔で、高尾は真ちゃんも食べる? なんて飴を投げてくるので受け止めざるを得なかった。そして彼女の期待の眼差しに緑間はため息交じりにその飴を口にするのだ。
「甘い」
「そっか。でもラッキーアイテムに飴か桃味のお菓子って出てきたら食べれる美味しさでしょう?」
「……まあ候補には入れておくのだよ」
その脇で高尾はコーラ味の飴を取り出してひょいと口に入れた。炭酸の刺激と飴の甘味が下に染みてくる。
「んー、甘いよなあ」
しみじみと頷きながら言う高尾の言葉にそうだねと頷く彼女と睨むような緑間の視線に高尾はへらりと笑って見せる。
平和なある日のことだった。
(真ちゃんと私のある日)