休みだからと言って気を抜かないように! 帽子、日焼け止め、水分! と男子高校生に言うことではないのに全員にしっかり念押しされ頷かされた誠凛高校男子バスケット部は本日一日オフである。マネージャーである彼女も同じように一日オフだった。
 休みに気を抜いて体調を崩さないようにというお小言を横で聞いてはいたものの、年頃の女子高生として一般的な日焼けへの気遣いと熱中症対策も含めて普段からそれらは配慮していたが、日焼けに関しては男子部員たちはまあ最近の日差し手は仕方ない、という風にカントクの言うことを聞いていた。

 熱心に部活動に励むバスケ部の貴重なオフをどう過ごそうか悩むだけの余裕があった。
 友人兼カントク兼スパルタ教師であるリコのおかげで幸いにも宿題の目処は立っており、なおかつ都度進捗を報告せねば大目玉を喰らう彼女は午前中のうちに起き上がり残っている宿題を言われている分は進めていた。彼女が熱心なのはうっかり宿題をため込んで泣きついてしまったことがあるからだ。一年生の時に既にリコのあれこれを体感しているがために今年はましなだけなのだ。

 外はうだるような暑さで明日になればまたその暑さに室内と言えど身を投じるかと思えば冷えた家の中で一日過ごすのも贅沢だ。
 そんな風にどうしたものかと唸りながら居間でテレビを見ていれば邪魔だから宿題しに図書館でも行きなさいと家を放り出されてしまった。問答無用というやつである。
 致し方なしと麦わら帽子に日焼け止めを塗り、鞄には水分と一応の宿題を詰め込んで彼女は図書館にやって来たのだ。


 さて、空いてる席があるといいなと中に入ろうとした時だった。

「あれ、先輩?」
「え?」

 振り返ってその姿を見つけた瞬間目を見開いた。
 たまの休みだものとワンピースを着てて良かった。
 そして理解した瞬間に思い浮かべたのがそれだったことに彼女は内心苦笑いを浮かべながら口を開く。

「黒子くんも図書館で勉強?」
「はい。あと借りたい本があるのでそれも」

 そういえばこの後輩は本が好きだったと頷く。
 隣に来た後輩、黒子テツヤは彼女より一つ年下だが同い年の子たちよりも落ち着いて見える。

「しかし、相変わらず気配がないのね」
「気づかれませんように、ってしてましたから」
「黒子くんにそれをされたら私は気付けない」

 影が薄いということを武器に誠凛バスケ部のスタメンで戦う彼は日々の練習を見ていても特別バスケの技術が高いとは思えない。
 その彼がミスディレクションという影の薄さを利用した視線誘導の技術に特化しているのは誠凛では周知の事実だ。そしてそれは日常の場面でも行われることがあることもまた周知の事実だった。

「せっかくだから一緒に勉強しませんか」
「え、うん、いいよ」

 かくして偶然にも出会った二人は図書館で勉強することなった。




「先輩、本読んでますね」
「一応今日のノルマは終わったし少し進めたから」

 もごもごと言葉を濁しながら宿題を進めるべき迷っていたところに目に入ったのは黒子の手元だった。
 シャーペンが握られるでもなく彼もまた彼女同様に本を手にしている。

「黒子くんもじゃん」
「つい」
「宿題は?」
「まあ半分ぐらいはなんとか……」

 そんなに悪くはない進捗だ。きちんとこなしているのであればカントクからお咎めはなさそうな調子である。
 意外そうな顔をしていたのがわかりやすかったらしい。

「カントクから最低限してないと大目玉ですから」
「なるほど」

 学生の本分は勉強。学校側の意見は当然で、その結果によっては補習なども有り得るのだ。気にかけるのもカントクとしては仕事の一つだろう。
 結局、二人とも宿題には気持ち手を付けただけで後は黙々とページをめくっていた。




「本読んでるとあっという間だよね」
「そうですね。気がついたら一日、ってよくあります」

 遅くなりすぎる前にと閉館前に図書館を出た二人は並んで歩きだした。
 本を読んでいるとたまに乗り過ごします、となんてことはないように話す黒子だが練習試合の時にギリギリにやって来るときのことを彼女は思い出していた。
 夕方と言ってもまだ日は落ちかけで、しばらくは明るい空が続きそうだ。夏至はとうに過ぎたとはいえまだ夏休みは始まったばかりなのだ。

「何読んでたの?」

 尋ねれば黒子は立ち止まる。彼女もつられて立ち止まり、黒子の方へ視線を向けた。
 黒子の向こう側に夕日が見える。光は彼を照らし、彼女は目を細める。

「二十一世紀の猫型ロボットに会いたくなる話です」
「うん?」
「先輩、SFは好きですか」
「うん、好きだよ」
「じゃあ、きっと好きですよ」

 笑いかける黒子の微笑みは光に紛れてはいるがいつもよりやわらかく、彼女はいつものバスケ部の黒子テツヤとは別の一面を見た気がした。
 本を読んでいる時、彼はコート上のように意図して存在を薄くするわけではなく、自然と本の中に溶け込み透き通っていた。
 本を読んでいて夢中になっていたのに、それに気がついてから彼女はその姿が気になって時折手を止めるはめになったのだ。
 窓から差し込む光でほんの少し明るくなった黒子の髪の色を思い出しながら彼女もまた微笑んでいた。

「じゃあ今度読んでみる。後で本のタイトル教えてくれる?」
「わかりました。あとで連絡します。……あ、先輩の連絡先、教えてください」
「あ、そういえば知らないね。ちょっと待って」

 そうして二人は連絡先を交換して時折本の勧め合いをするのだがそれはまた別の話。

(あなたにつながるもの)