「ゆーきーおー! 鍵忘れた! 寒い! 家寄らせて!」
 それは部活終わりの帰り道のこと。何人かとは既に別れた後で、適当な話をしながら歩いていた彼らにとってそれは事故に近い突発的な出来事としてやってきた。
 どーんと、複数人いるブレザーの中で目当ての人物に正確にタックルをすると相手が盛大につんのめった。そして彼の隣にいた学生たちが唖然としているのがわかる。
「……!」
「え?!」
 意外と痛かったらしい笠松が声を出さずに堪えている中で本人以外はお互いの存在に興味津々だ。
 明らかに笠松の関係者だが本人はタックルした相手が回復する前に隣にいた他の学生に気づいておや、と視線を向けている。
「お姉さん笠松なんかの家より俺の家とかどうですか」
「あら、ゆきおの友達? ありがとう。でも私ゆきおじゃないとだめなの」
「誤解を招く言い方はやめろ!」
 幸か不幸か冗談を真に受ける男はつい先ほど別の方向へと帰ってしまった。
 それでも冗談をネタにからかうのが大好きなのが二名ほど残っているので一番性質が悪い。その二名は黄瀬と森山という。
「笠松先輩って硬派に見せかけて意外とやるっスね。年上のお姉さまと……」
「そういうことはオレにぐらい教えてくれても」
「お前らふざけんな!」
「遊ばれてるのねえ、ゆきお」
 誰のせいだそもそもお前がオレで遊んでるんだろうそうだろうなあと笠松にしては遠慮ない、バスケ部に面々に向けるような視線を女に向けている。もっとも、相手はそんな視線もさらりと受け流して寒いから早く帰ろうと笠松の腕をぐいぐいと引っ張り自分勝手に振る舞っている。
「で、綺麗なお姉さん、先輩とはどういう関係っスか?」
「んーと、そうだなあ、ゆきおの背中のここにほくろがあるのを知ってる仲」
「幼馴染だ!!」
 うふ、と笑う彼女の声にかぶさるように叫ぶ笠松の反応に黄瀬も森山も吹き出した。想像通りだが想像通りすぎてツボにハマっていた。
「お前のあわてぶりは最近じゃ見られなかったよなあ」
 ひいひいと涙混じりに森山の言葉はつまり昔は慌てるようなことを言われ続けてきたことが窺える。むすっとして眉間にしわを寄せる笠松幸男は二年以上の月日をかけて築かれた姿である。
「昔のゆきおって面白いでしょ? すぐ怒るしすぐ騙されるし」
「おい!」
 かわいいよねえと笠松の頭をくしゃくしゃと撫でる彼女は大物だ。手を一杯伸ばしているのになぜか笠松がいつもよりも小さく見える。黄瀬はこれ以上笑えば明日の命の保証が、とぷるぷる震えて黙って耐えるが森山はもう笑顔を誤魔化さず笑い続けている。
「で、鍵」
「……」
 盛大な溜息と共に彼女の手に鍵を落とせばありがとねーとあっさり離れて先に帰り出した。それに笠松はあからさまにホッとしたし、黄瀬は惜しいような耐えきれて良かったようなと未だぷるぷる震えている。森山だけが面白かったと憚ることがない。
「なるほど敵は手強いわけだ」
「森山!」
「え!?」
 黄瀬はその森山の言葉に一拍遅れて意味を理解する。つまり敵とは彼女のことで、手強いと思っているのは笠松で、そうすると理由はおのずと限られてくるというものだろう。
 お前らと、いつもとは違う様子ではあるが余計なことをしゃべるとただじゃおかないぞというその無言の圧力に黄瀬は内心のあれこれをすべて押し殺して神妙な振りで頷いたし、森山は悪い悪いと悪びれもせず一応口を閉じる。
「……疲れた」
 練習後でも見せることのないぐったりとした笠松の背中に黄瀬は明日はそっとしておこうと、決めた。
 森山は次の日早々にからかいだしたし黄瀬はその次の日ぐらいにはそれに乗り始めたけれど。

(一目瞭然)