「笠松、おはよう」
電車に乗り込んですぐ見つけたクラスメイトに彼女は軽く声をかける。そうすれば相手は彼女を視界に入れた。乗り込んですぐ彼女は気づいたけれど相手は気づいてなかったようだ。
「おはよう」
「早いね。朝練?」
「ああ。そっちは?」
「課題忘れてたから早めに行ってやる組」
がんばれよと、彼は余裕の調子だ。おそらくは昨晩遅くに課題を終えているのだろう。
かなりハードな練習量をこなしているだろうに笠松は彼女の記憶の限り課題を忘れたことはない。実に真面目だ。
「笠松はいつもこの時間なんだ」
「電車も空いてて楽だからな」
「そうか」
ふむ、と何かに納得したらしい姿に笠松は首をかしげている。
「早起きも悪くないかもね」
「三文の徳っていうしな」
「そうだね。笠松にも会えたし」
朝からいいことだと、からりと笑う彼女に笠松はぎこちなく視線を送ることしかできない。
「そんなにかたくならなくても」
「……いや、その、悪い」
「悪くないからかたくならない」
ね、と言われて笠松はぎこちなく頷く。
「もう少し嬉しそうにしないと彼女に逃げられますよ彼氏くん」
「……電車に乗るときには気づいてたぐらいには嬉しかったから安心しろ、彼女さん」
不意打ちに思わず笠松を見たが彼は窓の景色を見つめていて、耳が赤いことしかわからなかった。
(ぎこちない)