天候は晴れ、時折風があるものの全国各地で行われている卒業式はどの地域も曇っていても時折太陽が隙間からでも見られる、そんな日になっているだろう。

「赤司」

 そんな肌寒い春の日、その人は彼の名を呼び、彼はそれに応えるよう振り向いた。

さん」
「せっかくの門出なのに、赤司は私に言祝ぎもなく部活かな?」

 見送られる側から再び見送る側になった彼にそうして笑いかけるその人は赤司にとってほんの少し、特別だった。
 学年も違う、部活も違う、同じ所属のない彼女は初めは図書館で見かけ、それから時折校舎内で出会うだけの同じ学校の人間だった。
 赤司の噂を聞いているだろうに、赤司をあくまでも時折見かける後輩として見て、そうあろうとしていた。だから赤司もそれを見倣い、一後輩として日々に努めていたし今日もそれらしく、偶然に頼るが出会えなかった一後輩だった。
 赤司と彼女は胸のつまるような時間を過ごしたことはない。職員室前の廊下、進路指導室、図書室、体育館近くの校舎の階段。偶然にしては多かった邂逅はその全てが偶然ではないことを赤司は知っていたけれどそれは過ぎ去る今、遡って見定めることではない。知っていても、それがなぜかを知らなくてもそれでも二人は時折出会ったのだ。出会わないことの方が多いだろう日々の中、それでも少しずつ、時間は積み重なっていた。

「別れを惜しむほど気に留めてもらえていたとは思いませんでした」
「赤司を気に留めない、というのは少し難しいことだって、自分で知ってるだろうに」

 小さく笑みをこぼすその人は努めて外していた意識をこの日ようやく認めていた。
 その努めて触れなかったものの正体を彼も彼女も今は言葉にする気が起きなかったのだろうか。遠くで明日の希望を抱きつつも別れを胸に言葉を交わす声がざわざわと聞こえている。
 まっすぐ相手の顔を見つめる二人からは別れの名残惜しさは見えない。
 赤司は彼にしては珍しく、笑っていた。

「貴女と話す時間はほんの少し特別でした、さん、卒業おめでとうございます」
「ありがとう。―――今日は、良い日だな」

 風が止んだその時、二人の間にはあたたかな陽射しが降り注いでいる。

(明日はほんの少し、特別な日)