四月の初め、マフラーはトランクに埋もれローブもちらほらとしか見受けられなくなった休日のある日、暖炉前のソファに腰掛けたはエディとお菓子詰め合わせセットを口にしながらため息を落とした。
「ファントム、いないのね」
「うん。よく考えてみれば私こういう人の特徴を覚えてそれを見つけるのってそう得意じゃなかった」
結局全寮確かめていったというのにはファントムだと思える人に出会えなかったのだ。
同じ寮生の中には小さい人影でもあれは誰々だ、とかうしろを通りかかった声だけで憧れの先輩だと気付いて騒げる子がいる。そんなに違うものなのかにはわからない。はいつも言われてみて初めてそうかもしれないという曖昧な感覚しか持てないのだ。
いくらファントムの声が印象的だったからといってもそう簡単にイメージと一致するわけじゃない。あの台詞と声があって初めての中ではファントムが出来上がっているのだ。ましてや見た目だけではピンと来なかった。
「もういっそファントムは忘れてしまってリーマスとかシリウスを狙ってみたら?」
「どうして?リーマスは最近仲良くなったけどシリウス・ブラックはまともに話したことないんだけど?」
いるかどうかもわからないファントムよりも目の前にいる素敵な人に目をやれというエディの言葉はわからなくもない。確かにリーマスはとても優しくて思わずドキリとしてしまうのも事実だった。
ただなぜここでシリウス・ブラックが出てくるのか。そこがわからない。
「シリウスは直情馬鹿みたいなところがあるけれど良い人よ」
「話したことあるの?」
「魔法薬学はしばらくグリフィンドール生と組むことになったでしょう?あなた以外は毎回ちょっとずつ相手を変えられてるからシリウスとも組んだのよ」
話だけは聞いているグリフィンドールのプリンス。ただエディのコメントやリーマスの話を聞く限りシリウス・ブラックのどこが王子様なのかにはさっぱりだった。
とりあえず話はそこで終わりせっかくの休日だからと外に出ることにした。
「あら、噂をすれば、ね」
「気持ち良さそうに寝てる」
中庭の奥の方の木の下で気持ち良さそうに寝ている四つの姿が見えた。言わずもがな悪戯仕掛け人の四人である。悪戯を終えたあとなのかわからないが傷をたくさんつくっている。それでも寝顔だけは幸せそうでとエディは思わず顔を見合わせて微笑んだ。
起こしちゃ悪いということでそっとその場を立ち去ろうとしたのだけれど一人が身じろぎそれから唸りながら目を覚ました。
「ん…あー…」
「どうする?」
「噂の人物が目覚めたなら試しにおしゃべりしてみれば良いわ」
目をこすりながら起き上がったのはシリウス・ブラックだ。ぼーっとした目で二人を見ていた。
だんだん意識がはっきりしてくると隣で寝こけている友人に気付き、それから立って自分を見ている二人に目を向けた。
「なんだよ」
「気持ち良さそうに昼寝してると思ったのよ」
「そりゃどーも。…ああ、あんたか。噂は聞いてる」
「・。よろしく、シリウス・ブラック」
「シリウスで良いぜ。俺もって呼ぶからさ」
軽くそう言うと明るい笑顔を向けてきた。それを見ては女の子が騒ぐのも仕方がないと思えた。なんたってその笑顔は魅力的な笑顔なのだ。さらにその容姿、性格を考えれば憧れるのも仕方がない。人気の割に付き合うことも慎重でそこがまた人気を強めていた。
彼の周りには多くの友人がいるのになかなか付き合わないのは案外純情だからかもしれない、とこの間ジェームズが笑いをこらえながら言っていた。それを思い出しては自然と笑顔になる。
「で、何か用だったのか?」
「の未だ見ぬ憧れの君より身近な恋をさがしてみたらどうかと提案していたのよ」
「エディ…」
その候補に目の前のシリウスも挙げられていたというのにエディはけろりとした顔でそれを口にした。別にそう困る話題でもなかったけれどシリウスの方は興味を覚えたらしい。寝ている三人から少し離れた木の下に移動して二人を呼んだ。
「なあ、それってどういうこと?」
「そのままよ。滅多に会えない人をさがしてるのよ」
「…なあ、それって辛くないか」
好きなら会いたいししゃべりたいし近くにいたい。その人の中に少しでも自分が残っていて欲しい。そういうものじゃないのかとシリウスは真面目に聞いてきた。彼自身はそう思っているらしい。
確かにだってそういう気持ちがある。けれど支えに出来ることはゲームを彼もまた続けていると信じられることだ。
「でも、彼はここにいる。私のことを覚えてくれている。さがしていてくれる。…それで十分なんだけど」
「相手がうらやましいな」
茶化すような言葉だったが穏やかな笑みだった。本当にそう思っているようにも思える。
彼に人気がある根本の理由が少し、分かった気がした。
「しかし一通りさがしたならわかりそうなもんだけどな」
「声と雰囲気だけでさがすのって難しかったんだ」
「…顔、知らないのか?」
「顔隠して会ってたから」
そこで一瞬驚いたシリウスだったがそのあとはへえと楽しそうに笑うだけだ。ロマンチックだなとからかってはいたがどうやら考えることがあるらしい。しばらく黙っているとなあ、と口を開いた。
口を開いたもののその先は紡がれることなく彼の背後から現れた人物によって止められた。
「シリウス、それ以上の詮索は無粋だと思うよ」
「リ、リーマス。お前起きてたのか」
「あら、わたしたちがこっちに移動してきてからしばらくして全員じーっとこっちを見て聞き耳立てていたみたいだけど?」
気付いていたのはエディだけだったらしい。知っていて言わないあたりがイイ性格をしている。
は自分の告白じみた発言すべてを聞かれていたのかと思うととても恥ずかしかった。思わず彼らから目をそらす。頬が少し赤らむのが分かって顔を上げにくい。顔を少しだけ元に戻しても直視はまだ出来ない。
きっと彼らがとファントムのゲームの話を聞けば必ず乗ってくるだろう。そしてが見つけられなかったファントムをあっという間に見つけ出してしまう。そういうところは彼らの右に出るものはいないのだ。
それに、少しだけ気になっていたことがあって余計に彼らを見ることが出来なかった。
「エディ、行こう」
「ええ?じゃあね、悪戯仕掛け人さん」
うちのでからかうのもほどほどにね、と笑顔での後を追うエディにシリウスとピーターは寒気を覚えた。ジェームズとリーマスは苦笑いだ。
二人が完全に立ち去ったあと、シリウスはなるほどなあとリーマスを呼んだ。
「がクリスティーヌか」
「パッドフット、いくらきみでもばらしたらタダじゃすまないよ」
「いや、そんなつもりはなかったって!」
慌てたシリウスにリーマスは笑顔でそれなら良いんだけどと無言の圧力をかけていた。彼の後ろに何か逆らえないものがある。
隣にいたピーターまでつられてこわがっていたのだがジェームズだけは違う。それは大きな声ではなかったけれどリーマスの胸に突き刺さる。
「どうして彼女に言わないんだい?」
「…どうしてだろうね」
そう言ってリーマスはほんの少し形だけの微笑を浮かべるだけで質問に答えることはなかった。
(無意識の告白)