「じゃあ結局名前も何も知らないままなの!?」
「今度は捜すよ。お互い捜すって決めたから」
せっかく会えたというのにまたまどろっこしいことをしているにエディは呆れながらもまあそれぐらいゆっくりが良いのかもねと返した。
十二月二十五日、静かな朝だった。
期限は学年の終わりの日まで。お互いに見つけることが出来なければ学年終わりのその日、帰省の前日正午に東の塔の屋上で待ち合わせることにした。
もしも相手だと思ったときには「『天使の声』の正体を知ってる?」と聞くことにした。確信を持ったとき以外にこの台詞は濫用しないことが条件だ。
「とりあえず最初はレイブンクローから当たる。なんとなく年下って感じじゃなかったから六年か七年にいると思う」
「お互い隠しあうの?」
「一応ゲームだから。でも『天使の声』について聞かれたら素直に認めて合言葉を言うってことにしてるの」
合言葉、という単語にエディは反応してそれが何なのか聞き出そうとしたけれどはそこのところは口を割ることはしない。ただ事情を知っている友人がその言葉を知っていたらその言葉を出したときに反応して相手の正体がわからないかもしれない。そういうことも考慮して『天使の歌声』のフレーズの後に言われた側が返し、その後に言った側がもう一度返事をすることで確実性を高めておいた。
の方はファントムの立ち居振る舞いでだいたいの年齢が推察できる。十代の男の子は成長期の真っ只中で、十五歳と十六歳でも大分違う。十六歳と十七歳でもやはり違いはある。の推察では六年生か七年生にファントムはいる。
けれどファントムの方がを捜すとなると苦労するだろう。髪の色は違う。それに女子は大人びている子も多いから彼は五年生から七年生を捜すことになる。がファントム側ならばそうしただろう。だから彼も同じことを考えているはずだった。
「まあこの学校にはいるんだからそのうち見つかるわよね」
「そうだね。多分、見つかると思う。多分、だけど」
とりあえず名簿を入手しなければならなかったのだがそんなことが出来るわけがない。周りに不審がられてしまうしそうしたら相手にすぐにバレてしまう。
仕方がないから食事のときに大広間にいる人をさりげなくチェックするという地味な方法しかない。
「寮の人にファントムの恰好した人がいるか聞けば良いんじゃないの?」
「ファントムがわからないじゃない。それに今聞くとすぐわかるからその質問はしない約束」
「見つけようにも見つけられないじゃない」
お手上げね、とエディは呆れえたように言ってソファに沈んだ。当然だろう。頼るのは自分の記憶だけなのだ。困難な道に違いない。
でもはまた会えると思うだけで幸せな気分になれた。ファントムも自分のことを捜してくれているのかと思うとそれだけで胸が一杯なのだ。
「エディ、エディがダンとのことでキラキラしてた理由がわかったかもしれない」
「あら、それは良かった。今のはとっても可愛いくて女の子らしいわ」
そう言われたは照れくさそうに微笑んだ。
結局冬休み中と年が明けて授業が始まって一週間ほどしてレイブンクロー生のめぼしい人を確かめて見たが成果は得られなかった。ピンとくる人など一人もいなかったのだ。
まあそう簡単に見つかるわけでもないだろうとは笑っていた。きっと見つけ出せる。そんな期待でいっぱいだったのだ。
今から大好きな魔法薬学の授業ということもあってはたくさんの期待の影に潜んだ不安を頭の中から追い出して授業に向かった。
「じゃあ、今日はペアを指定してみようか。いつもいつも同じペアじゃ慣れが出てきて気を抜くだろうから」
魔法薬学の教授はこの陰湿な地下室には似合わない比較的若い女性の教授だった。いつも怠惰な空気を漂わせていたけれどその授業は評判だった。
彼女は寮生同士じゃなあ、と呟いて適当にペアを作り始めた。ここにいるのはグリフィンドールとレイブンクローだ。慣れた面子とはいえ今までペアを組んだことがないような人と組まされて教室は少し騒がしい。
「ポッターは…そうだな、噂のホワイトとだな」
完全に遊びの一言だったけれど二人が一緒に作業をすることなど今まで一度もなかったから周りは興味津々である。本人たちもお手並み拝見だと言わんばかりの挑戦的な目を相手に向けていた。
はペティグリューあたりと組まされると踏んでいた。の魔法薬学の成績はずば抜けて良い。他の教科の成績は平均的か、それより少し上程度なのだが魔法薬学だけは違った。学年で一番だと先生に言われるぐらいよく出来たし大好きだった。
「はそうだな…ルーピンでいこう。ペティグリューはわたしとだ。今日はペアになると奇数で一人あまるからな」
先生が相手でずるいという意見は出なかった。なにせペティグリューのドジさ加減は先生の補助があってもひどい。それを何年も同じ教室にいる生徒たちはよくわかっているのだ。
しかしルーピンの方もなかなか厄介で彼といつも組んでいるシリウス・ブラックなんかはお前な、と呆れていることが多い。それでもなんとか成功させるにはさせるのだが。
「よろしく、ミスター・ルーピン」
「迷惑かけると思うけどよろしく。僕のことはリーマスで構わないよ」
「じゃあ私もで構わないよ」
そういえば有名人とはいえ彼らと話したことなどほとんどない。六年生にしてようやくまともに会話を交わしたことになる。少し新鮮な気分のまま授業は始まる。
今回は麻痺薬を作ることになっていた。これは調薬の順序を間違うと危険だからといつもとは違うペアにした先生もバランスの取れた組み合わせを選んでいた。なぜこういった日にペアを変えるのかと文句もあったがこうした突発的なことも人生ではあるものだと流されてしまった。
そうして実験は始まる。材料を切ったり砕いたりするのをリーマスに任せたは鍋に与えられた液体を順番どおり、タイミングどおりに入れていく。
「あ、これ入れる?」
「三日月草は最後。今入れるのは黒花の蜜よ」
「え、そうだっけ?」
そうよ、と苦笑いを浮かべては一滴蜜を入れてかき混ぜる。今回はペアで一つの薬品を提出するためお互いどれだけフォローしあえるかがポイントである。それでもどちらかに頼りっぱなしということもしてはいけない。そこをどれだけうまく出来るか。いつもよりみんな慎重に作業をしていた。
リーマスにばかり材料を切らせていてはなんなのでは鍋を任せて材料を手早く切ってしまう。リーマスはくるくる変わっていく色の薬を混ぜる係だ。
「リーマス、ゆっくり混ぜるだけね。薄桃色になったら赤色の果実酒を全部入れて」
「うん。…けどお酒入れるってすごいよね」
「どこの誰が考えたのか知らないけどその飛びぬけた才能はすごいと思うよ、私」
そうやって嬉しそうに笑うを見てリーマスはきょとんとしたかと思うとそうか、と頷いて笑う。見ている人が穏やかになりそうな笑顔。
初めてしゃべったのだけれど居心地の良い人だった。隣にいて思わず微笑が出てきてしまうような、そんな人だった。
「リーマス、果実酒!」
「あ!」
薄桃色を通り過ぎて桃色になりかけていた鍋の液体を見てリーマスは慌てて果実酒を入れた。ギリギリセーフだったのか爆発も起きないし予定通りキラキラと輝き始めている。
二人でホッと胸を撫で下ろし顔を見合わせて笑った。
「ごめんね」
「私もぼんやりしてたからおあいこ。…他のところも苦戦してるみたいだし」
薄桃色になるまでの細かい作業が大変だし薄桃色になったと思ったらすぐに変化し始めるのでタイミングが重要なのだ。たまに悲鳴が上がっている。なかなかうまく進まないらしい。その中では二人の麻痺薬は上出来の方だろう。
最後に三日月草を細かく刻んだものを混ぜて出来上がりだ。キラキラと輝いた濃い桃色が揺らめいている。
は提出用の試験管に注ぐとラベルにリーマスと自分の名前を書いて一番に提出した。
「、ルーピンとやってここまで上出来だったのはお前が初めてだ」
「そうなんですか?それは嬉しいですね」
まあ組んでいる相手が出来が良いとは言え悪戯好きな友人たちばかりだからつい注意がそれてしまうのだろう。タイミングを計るのが非常に下手だったけれど材料の刻み方は丁寧だった。タイミングの計り方と、あとはかき混ぜ方だろう。
見本に見せられた色より若干濃い色だったけれどきれいに作られた麻痺薬には満足して笑顔になる。こうして薬品が出来上がる度に嬉しくてたまらなくなるのだ。
嬉しそうに完成品を見ているとああそうだと目の前でも楽しげな表情を浮かべた教授が居た。
「、今度からお前ルーピンと組め。それが良い。全然気付かなかったがそうすれば良かったんだな。うん。あと一年以上あるから問題ない」
「え?先生?」
「うん、解決だ。あの馬鹿どもはときどき離れた方が良い。さ、ルーピンとレポート書いてこい。授業内で提出出来そうなら提出して構わないぞ」
彼女は悩みの種が一つ消えたことに上機嫌でペティグリューにそろそろどうにかしないと爆発するぞと笑顔で教えてやった。ペティグリューは顔面蒼白で材料を加え始めている。
はとんでもないことになったなと苦笑いを浮かべて席に戻れば珍しく成功したからか喜んでいるリーマスがどうしたのと聞いてきた。
「卒業までペア固定だって」
「僕と?」
「そう。きみと、私」
よろしくねと笑うとリーマスは困ったようにしながら良いの、と遠慮がちに聞いてきた。
「なにが?」
「僕この通り魔法薬学すごく苦手だから。多分…いや絶対迷惑かけると思うよ」
「そう?私魔法薬学大好きだしあなたが魔法薬学を好きになればそれって私の力がついているってことじゃない?良い修行になるよ。うん、気にしない気にしない」
ね、と笑うとリーマスは一瞬の間のあとありがとうときれいな笑顔を見せた。は思わずその微笑に見惚れてしまう。噂には聞いていた優しいリーマス・ルーピンは本当に優しかった。言動もそうだけど何よりも一番そう感じさせるのは彼の空気だ。やわらかく包むような空気。それが彼の周りに満ちている。
「私と実験すればリーマスが爆発事故を起こすことはなくなる。これ、預言ね」
「頼もしいなあ」
そう言った直後に大きな爆発音とペティグリューという怒鳴り声がして二人は笑いながらレポートにとりかかった。
(最後に希望は残る)