「まあ、問題ないだろう」
「……調査の限り、可能性はほぼ低いですけど……でも」

 それはゾルディック家現当主のシルバとその妻キキョウの言葉だった。
 場所は本邸のとある部屋。年代ものの手入れされたテーブルと椅子。席についているのは四人。彼らとゼノ、そしてイルミだ。

「本邸の外れの部屋に一定期間を置いたところ、本邸の内部構造及びゾルディック家へ意図的な情報収集は見られず、未だに屋敷の内部については自身の部屋とその周辺しかはっきりと記憶していない」
「つまり、オウカ=もしくは第三者からゾルディック家についての情報を入手するように命令されているわけではない。念能力その他による操作の形跡もなし」
「ただの子どもというわけじゃな」

 が預けられた先は曲がりなりにも世界的に名の知れた暗殺一家の本邸である。彼女の知らぬところで彼女は24時間監視体制にあったし、その言動はすべてこの四人によって問題があるかどうかを判断されていた。
 ひとまず一定期間、彼女を自由に過ごさせることで様子を見る。
 これがそれぞれが納得した初案だった。

 子どもの嘘を見抜けぬ人間はここにはいない。もしもがプロ顔負けの演技をしているとしても今までの生活の数々の揺さぶりに一切反応を示さないということはあり得ない。それだけの数を、様々な方法でこの四人はに何の疑問も持たれぬよう仕掛けていた。
 つまり反応がなかったということは彼女の反応は演技ではなく、自然のものであったということだ。

「これで黒ならオレは一つ仕事が減って楽だったんだけど」
「少なくともオウカはこの家については理解しとる。あの女が孫にリスクの高い仕掛けをするとも思えん」

 そう言っているゼノだけは最初からについて特に何の工作も気にしていなかった。
 この面々の中での祖母と昔から面識があるのはゼノと、それからシルバだけだ。とは言ってもシルバも顔を合わせたことがある程度で、その人となりを詳細に知っているわけではない。
 仕事上の相手というのであればある程度のリスクも承知で行動に踏み切ることはこの家ではままあることだが、家に関することは別だ。特に本邸にまで招き入れるという、リスキーな行動にそれぞれが難色を示したのは当然だった。

「お義父さまはあの子をどうなさるおつもりです?」

 が家に来た当日に猛毒を盛った人物は未だに疑惑を払拭できないようで、口元に扇子を当てながら口を開いた。

「どうするも何も、ある程度鍛えて年数経てば後はの好きにさせるつもりじゃが」
「何も、しないと?」
「そりゃここに置くリスクも当然ある。じゃが、あの家の人間を手元に置いておくメリットも、当然ある。……まあがどう開花するかじゃが」

 という家は縛ることを嫌う。とても。それはシルバがゼノから聞いた数少ないの家についての情報だ。もちろん、シルバ自身も調べはしたものの彼らの家は特に何の変哲もない家だった。オウカだけがゾルディックと付き合うような世界に足を突っ込んでいるが息子夫婦はそれとは無縁の職業であることもわかっている。

「あの家は特別な能力を有してるわけでも、連綿と続く家系でもない。あの娘で家の名が絶えそうな、ただの家系じゃ。……ただし」
「ただし?」
「オウカの代、その息子と続いてあの家は何か一つのものに対する欲求ははっきりしとる。あの女は知っての通りうちとも取引をするような薬師、息子もよくは知らんが学者だったようじゃし」

 オウカは薬師。その息子は学者。息子の妻は医者。息子夫婦はもっと世間に出ようと思えば出られたであろうに、名を知られることもなくこの世を去っている。
 の祖父を、ゼノはよくよく知っている。彼もまた、何かを守るということについては譲らない男だった。時折、彼と間接的に仕事で顔を合わせることがあったが彼はいつも何かを守っていた。

「ああいうのが化けると使える」

 祖母と祖父を知るゼノはにもその可能性があることを理解していた。
 そして、もう一つ、大事なことを知っていた。

「あの家は何であれ情に厚い。損はない」

 情にほだされるなんて、とキキョウはオーラをゆがめるし、イルミも歓迎はしていない。シルバは表情一つ変えず。
 ただゼノだけが何か面白そうに笑うだけだった。





「良かったね」
「?」

 ゴトーから出されたらしい課題を難しい顔で取り組んでいたは突然現れたイルミに一瞬驚いたがかけられた言葉にも疑問符だ。彼は突然現れ何の脈絡もなく意味のわからない声をかけてきた。それも彼にしては珍しい類の言葉だ。
 不思議そうにしていたがイルミは特に気にするでもなくが解いていた問題を横からのぞき込む。及第点。そう言いつつ彼は頷いた。

「まあ、勝手に屋敷内うろついたら死ぬかもしれないから気をつけなよ。死にたくないだろ」
「……出かけるのも?」
「?」

 返ってきた言葉は彼の意図するところとは違うものだ。彼の指した場所は屋敷の中だった。彼女が口にしたのは外だった。

「いつも、春の終わりに、花を見にいってたの」
「花?」

 うん、とは頷いた。イルミは彼女の断片的な、毎年見ていたという花の話を彼にしては辛抱強く聞いた。
 なぜなのか。普段ならそう、と流して彼は部屋を出て行っただろうに、そのとき彼はわからないまま、彼女の話を聞いていた。そもそも普段の彼ならば彼女に屋敷内を勝手に出歩かないようになんて、そんな忠告はしない。なのに、今日のイルミはそうではなかった。きっと、その直前に祖父が話していた化ける、という言葉が気になっていたからだろう。
 ゼノが認める何か。自分が知らない何か。それを、イルミは気にかけていた。
 だから要領を得ない話を聞き、わざわざ執事を呼び出して、彼は花の正体を突き止めた。

「つまり、バーネスの花祭りに行ってたってこと」
「……うん、たぶん」

 街の名前までは覚えてなかったらしい。
 彼女の見る花は街中がいろいろな花を飾り、道行く人がみな花を身につけて歩いて回っているという春の祭りは似たようなものはいくつか候補があがったが決め手は赤い花だった。

「それに行きたいって?」
「うん、行きたい」

 その目はきらきらと、まっすぐイルミの目を見ている。
 いつもは言われたことを言われたとおりにこなそうとする少女は、時折こうして光を灯してイルミを見ている。
 イルミはその光の正体を知らない。

「化ける、か」
「?」

 ひっかかる言葉を頭の隅に残し、今進行中の修行を三割増しのスピードで完了できれば連れて行こうと言えば一瞬青ざめた顔がすぐさまやる気に満ちたので、とりあえず良い餌だなと、彼はいつも通り自らの仕事に取り組み始めた。


(それは未知)