その日、は突然ゼノからの呼び出しを受けた。イルミと訓練中のことだ。

「行くよ」
「……ちゃんと、歩ける」
「はいはい」

 そして先日の件から、イルミは効率性を重視するという点でを抱きかかえて歩くようになったのだが相変わらず彼の歩くスピードは通常通りで、今日もは少し恥ずかしいのか唇をとがらせて腕に抱えられ彼の首に腕を回している。




「随分仲良くなったもんじゃ」
「歩くの遅いからね」

 今日は和室の気分だったらしい。ゼノの部屋はいくつかあるが彼は今日はお茶を脇に置き読み物をしていた。
 イルミは腕からを降ろすと早々に立ち去った。
 はそんなイルミを腕から降ろされた直後からじっと見つめ、彼が早々に出て行ったあともしばらくそちらの方を見ていた。

「ま、とりあえず座ったらどうじゃ」

 ハッと振り返ったはゼノの向かい側にちょこんと座る。机はない。お互い正面から向き合う形だ。正座をしたところにゼノはほう、と目を留め口の端を上げる。正座は教えられたらしい。ただし、の祖母は正座の出来る女だったがゼノといる時はあぐらをかくような豪胆な女だった。
 ゼノはの祖母、オウカとは古い付き合いだがオウカとの似ているところは髪の色ぐらいだろう。オウカは自らの子どもや孫についてゼノに話すことはなかった。なのでゼノも最近になってについてまともに知ったぐらいだ。彼女とはずっと仕事上の付き合いしかなかった。

「しかしオウカと似とらんの」
「おばあちゃんは、すごかったから」
「ああ、そういう意味じゃない。見た目の話じゃ」

 は比較的口数が少なくとつとつとしゃべる。見た目は人形のように愛くるしい。そのたどたどしさにかわいらしさを覚える人間も多いだろう。
 オウカは違う。黒い髪を短く切りそろえいつもヒールの高いブーツで服装にこだわり抜き、背筋を伸ばして堂々と歩きハキハキと物を言う女だった。若い頃も、歳を取ってからも。

 確かにオウカは強かった。ゾルディックの人間と仕事をする気の強さもあったし、念能力者としても優秀だった。何より、彼女の頭の中には膨大な量の薬の知識があった。それはゾルディック家の知識をも凌駕するほどに。
 その点で、の言うとおりオウカという人間はすごかった。

「バアさんには何か聞いてたかの?」

 実はは預かるよう頼まれている、と使いの執事に言われたきり、ただ黙ってこの家で過ごしてきていた。黙って毒入りの食事にも耐えたし黙ってイルミの鬼の修行にも耐えた。
 ゼノも一番最初に少しは話をしておこうとしたのだが初日には試しに入れられた猛毒によって死にかけ寝込み、回復してからはゼノは忙しく、結果として互いに事情を聞く間もなく今に至る。ゼノも多忙だったとはいえ随分なことである。

「ゼノさんは、殺し屋だけど、契約は違えない。だから、約束守りに来たら、大きくなるまではお世話になりなさいって」
「しっかりした奴じゃの相変わらず」

 は殺し屋、という言葉を何の違和感もなく口にし、その言葉を特に何とも思っていないようだった。一応、がいた家は一般家庭ということになるのだが彼女の両親も祖父母も変わり者だったという点ではこの反応も納得のものだった。


 当のは目の前のゼノに妙な親しさを感じていた。
 ゼノは、の祖母とほんの少し似ている。祖母もゼノもを子ども扱いをするわけでもない。かといって大人のように扱いもしない。特に意識もしない。祖母はとしてみていた。ゼノもそれに近い接し方をする。
 だからほんの少し、息を吐いた。

「そんぐらい肩の力を抜いてイルとも話せば良いじゃろに。それでもまだ堅いが」
「……」

 目を真ん丸にして、はゼノを見ていた。
 ゼノは呆れた顔だ。

「気づかれんと思ったか。その極度の人見知りはオウカにそっくりじゃなお前さん」

 その一言だ。それで、崩壊した。

「だってひとりだもん! おばあちゃん死んじゃうしお父さんもお母さんももういないからゼノさんのところに行くしかないけどでもいきなりいつもより何倍も強い毒飲まされていっつもごはんはこわいしキキョウさんはのことお人形さんごっこで服勝手に選んで、も好きな服だけど目が回るし、は勉強そんなに好きじゃないけどゴトーさ、ゴトーが優しいからがんばらないと怒られちゃうと思うしでもひとりぼっちだしイルミは一回だけで一緒に寝てくれないもん!」

 そこで言い切った後はわんわん泣き出した。
 ゼノは口がむずむず動いて今にも大笑いしそうだったがほんの少し、その小さな体が人見知りを決して人に悟らせまいと生きていた女と重なったので黙って彼女の好きなようにさせた。




「……ごめんなさい」
「構わんて。お前のバアさんも爆発したらそんなもんじゃったし。……まああの女は大抵建物一個は壊しとったか」

 は黙ってうなずいた。どうやら孫の前でもやったことがあるらしい。
 目は真っ赤に腫れていたが表情はやわらかいし肩の力も抜けていた。

「しかしそれでよくあのイルミに懐いたもんじゃな」
「……」

 口をぎゅっと噤んで黙るはしゃべりたくはないらしい。幼いながらも秘密なのだろう。
 ゼノの孫にはこういうタイプはおらず、そして彼が気に入っていたオウカの孫ということもあり、彼としては物珍しい気持ちでそれを見守っていた。
 だからつい、つい口にしたのだ。

「そんなに好きなら将来嫁にでもなるか? 家督は継がんからキキョウさんも嫁はそこまで言わんと思うし」

 そう、半分ぐらいは冗談だった。
 そうしたら、が体を震わせてパッと、顔を上げて、頬をほんのり赤らめて目を真ん丸にして、驚いてゼノを見ていた。

「なる」
「あれでいいんか」

 孫に対してひどい言いようだが祖父から見てもイルミは婿に向いているとは言い難い人間のようだった。
 確かに家のことを考えているという点ではゾルディック家の人間としてこれ以上の人間はいないがすべての基準が家なのだ。
 しかしは自分が大して相手にされていないことを理解しているのかしていないのか、ゼノの言葉にも頷いた。

大事にしてるの」
「?」
「お父さんに教えてもらった秘密。ゼノさんにも内緒」

 はにかんで見せるは小さいながらに少女でもなんでもない、立派な恋する女だった。









「入っていいぞ」
「よくあれだけ泣けるね」
「?!」

 オウカの若い頃の話もほんの少しだけ交え、が落ち着いた頃、ゼノがそう言うとぱっと戸を開けてイルミが入ってきた。
 は呆然とそちらを見ている。

「……聞いてたの? さっき帰ってたのに」
「聞くように言われてたからね」
「!」

 がゼノの方に振り返るとゼノはカカと笑うだけだ。わかっていてやっていたらしい。

「オレの嫁になりたいなら今のメニューの三倍はこなせないと無理だよ」
「!!!!!」

 は顔を真っ赤にし、ハハハと声だけ笑うイルミにぽかぽかと殴りかかった。


(人見知り)