「飛び出してっちゃったねえ♣」
「お前なんなの」
が突然飛び出して行った直後、イルミはすぐさまを追いかけて捕まえようとしたのだがそれは許されなかった。
ヒソカはにやにやと愉快だということを隠さずにイルミが背を向けられないようなオーラを出してトランプを扉に投げたのだ。トランプを投げられた瞬間、イルミの方は針をヒソカに向かって飛ばしていたがヒソカは薄ら笑いでそれらをすべて落とした。
イルミは目の前の男がヒソカという名前を持っていることも知っているし妙にコンタクトを取ろうとしてきたことも知っている。
しかしまさかを狙うとも思わなかったし、攫うとも思っていなかった。
「追いかけなくていいんだ?」
「ウザい」
「どうして? ボクがにキミが仇だと教えたから? が逃げられるようにキミの邪魔をしたから? それとも、がキミを一瞬も見なかったから?」
「オレ仕事以外の殺しって特にしないけど殺そうか」
会話になっていない二人の間から言葉が消え、しばらくの間建物が崩壊しかねないやりとりが続いたがイルミの仕事用の携帯が鳴ったためそのやりとりは終わり、イルミは珍しく苛立ちながらその場を後にした。
「ボク、意外と彼女が好きだったんだよ♥」
まあ面白い相手を代わりに見つけたからいいか、と彼は上機嫌でその場を立ち去った。
残された小さな小部屋はもう壊れて、使えそうになかった。
呪いは、ある女が彼にかけた。
「ほら、もう一度会ったでしょう?」
女は家をいくつか持っていたがその中の一つに、一人きりでいた。ソファに深く腰を掛け、ワインを飲みながら彼を待っていた。
待っていたことを彼が理解したのは彼女がそう言って笑って出迎えたからだ。そしてその目が簡単には命を終わらせまいとしていることも、理解した。命乞いの目ではない。命を掴み取る目。彼ら暗殺者にとって最もやりにくい部類だ。
「ここまで堂々と出迎えられると逆に困るもんだね」
「普通はこんなに簡単に通してあげないわよ? あなたは特別ね。お金と命の無駄だもの」
それは彼女が彼を誰だかわかっている言葉だ。ちょっとした殺し屋なら彼女だって手間暇をかけて潰してきたということを意味する。それを一つもしなかった。相手が誰だかわかっていても、力を削ぐこともせず。
彼には不思議でならなかった。あまりに無防備だったし、あまりに杜撰だった。
「ひとつ、決めていたのよ」
「なに」
「その血には、私が向き合うと」
あなたには直接関係ないけれど、あなたはその血を持っている。
手加減なんてしないわと、ワインを置いた瞬間彼女は容赦なく彼に仕掛けてきた。
仕事を終えた時彼は全治一か月の重傷だった。この頃の彼は既にかすり傷程度しか負傷しなくなっていたため、一週間もベッドの上にいたことは家族が驚いたし、彼自身も驚いた。おかげで勘を取り戻すまで仕事を受けることを禁止されていたぐらいだ。
彼がもうそろそろ仕事を再開できそうだという頃、家族の一部、シルバ、キキョウ、イルミ、ミルキにそれは知らされた。
「=をうちで預かることにした」
ゼノは全員が揃ったと思うといきなりそう口にした。爆弾もいいところである。
キキョウはヒステリックにゼノを責め立てたしシルバは妻をなだめながらもなぜだと、ゼノに問いかけていた。ミルキはどうでもいいらしく、ただ事実をめんどうくさそうに受け入れていた。
イルミは、特に何の感想も抱かなかった。
それが彼が殺した女の孫であることも理解していた。しかし、それをゼノが決めたならばイルミは特に問題なかった。ゼノのすることはイルミにとってときどき理解しえぬものがあったがゾルディック家に害をなすようなことは一つとしてなかったから。
「ふうん。で、なんでこの四人を集めたのさ、じいちゃん」
「キルたちには会わせんつもりだがお前とミルは言わんと面倒じゃろ」
イルミは念能力を習得しているし、別棟に置いたとしても異変に気付く。ミルキは最近セキュリティに噛んでいるのでこちらも映像として家族と執事以外の人間がいれば当然不審に思う。だから二人は呼ばれたのだ。
その後イルミとミルキは退室を促され、後日がゾルディック家に来た後、イルミはの面倒を見ることとなった。
「なんでを預かることにしたんだっけ」
仕事を片づけたイルミが帰って早々に訪れたのはゼノの部屋だった。そして挨拶もそこそこに彼はそう口にした。
ゼノは孫の突然の訪問に驚きながらもその問いかけににやにやと笑いだした。彼の何かツボに入ったらしい。
「オウカに借りがあったから、と言ったはずじゃが?」
「それは聞いた。詳細だよ」
仕事で殺した相手の孫を、わざわざ家で預かることにした。それも家族が、直々に。
その時当然全員がなぜだという思いがあった。イルミも抱いていた。しかしイルミはその場に留まることは許されなかったし、それを強く問うほど疑問に思わなかった。だから問いかけることもなく退室した。
それをまさか一年近く経って改めてゼノに問うとは、イルミも思いもしないことだった。
「昔、オウカ=に貸しを作っとってな。うちがあいつの暗殺を引き受けてワシの知る範囲で知らせる取引をしとった。んで、知らせたところ孫の安全を保障しろと言われての」
「……だからオレが下見に行ったときに会ったのか」
「どうしても会いたいから教えろと言われてのお」
カカと笑ってゼノは流しているがターゲット相手に不用意に情報を流すべきではない。
そういう意味で睨めばゼノはただ穏やかに笑っていた。
「オウカは、逃げるどころか出迎えたじゃろう?」
「……」
「まあ、ともかく自分が死んだ場合はを任せたと言われての」
「対価は」
まさか無償でゼノがそんなことを受けるはずもない。いくら昔馴染みでも、ゼノはゾルディック家の前当主だ。取引ボケするほど老いてはいない。
イルミの問いにゼノは楽しげだった。
「薬」
「薬師の、秘薬」
「あやつ、強くともお前さんの能力には到底及ばんかったじゃろ」
そう、イルミにとってオウカは絶対的脅威ではなかった。ピークを過ぎた念能力者で、彼女の念はどうやら戦闘用ではなく、基本の能力だけで挑んできた。それも、やはり長い間戦いから身を離れた人間のもので、かなり手こずりはしたもののイルミは負ける気がしなかったのだ。仕事を完遂できると。
しかしオウカは薬師として名を馳せた女だった。ゼノとオウカが長年付き合いがあったのも時折オウカがゼノに毒薬や爆薬を融通していたからだ。彼女は薬と名の付くものに関して天才だった。それゆえ、敵も多かった。だからゾルディック家と縁があったし、ゾルディック家に依頼するような輩に狙われた。
「最後に笑いながら爆薬投げてきた」
「最期まで強烈な女じゃ」
孫がそれで重傷だったことを覚えているだろうにゼノは楽しそうだった。
「秘匿している調合のかなりの数、表に出せば有用性の高いものを対価として受け取っての。まあ、半分ぐらいは脅しじゃったが」
受け取らなければ然るべきところに差し出すと、オウカは笑顔でゼノに言い切った。ゼノにしてもあまり差し出してもらっては困るようなところが候補に挙がっていたので苦笑いで受け取ったのだ。彼女にとって唯一残った肉親を。
「で、逃げられたらしいの」
「……」
が一時さらわれ、イルミとオウカの件を耳にした途端飛び出して行ったことは既に関係者には知らされている。
イルミはてっきり帰ってきたらが連れ戻されていると思っていた。それなのにはいないと、ゼノからの伝言を仕事を終えたところで伝えられ、家に帰って何を言うか考えて、ゼノになぜを引き取ったのか、それを聞いていた。
「交わした取引では家出は正当な権利として認められておってな。出戻る権利もな」
「……連れ戻す権利は」
「特に言われんかったな。連れ戻すか?」
ゼノ自身は連れ戻す気はないらしく、ただ面白そうにイルミの言葉を待っている。
「勝手に出て行ったんだから、勝手にすればいいだろ」
言い切ると、そのまま出て行った。
それでもゼノは笑うばかり。
「あんなに不機嫌なイルは初めてで面白いの」
自分が苛立っていることすら自覚していない孫に、やはりゼノは楽しげに見守るだけ。
(見えない答え)