は良い目を持ってるね。
にこにこ、一緒に宝石を眺めていた時に彼女は父にそう褒められた。
良い目を持っているにはとっておきの秘密を教えてあげよう。僕はこれで美しい奥様を見つけられたんだ。
にこにこ笑顔で、の大好きな漆黒の瞳はきらきら。
いつだってと目線の高さが同じだった父。大好きな父。大好きな父に教えてもらったとっておきの秘密は、今の所外れたことがない。
「じっと見つめるんだ。そうしたら、ちゃんとわかるよ」
それをただの直感だというのは簡単だったし、真実そうだったのかもしれない。しかしそれはにとって大事なとっておきの秘密だし、にしかわからないだけの大丈夫だというしるしだ。外れたことのない、とっておきの方法。
「お前って、何でイル兄のことそんなに好きなわけ?」
ぼりぼり。片手に袋、チップスを食べながらしゃべる少年をはきょとんとした顔で見上げて、それからこう答えた。
「食べながらしゃべるの、きたない」
「お前相変わらずうるさいやつだな」
本当は子どもたちの中で正式に接触が許されているのはイルミのみだだ。ただミルキは一度偶然ながらと接触をしていた。それに彼はバカだと称されたが頭は良かったので他の兄弟にのことを口にすることもなかったし自ら会いに行くこともしなかった。
それなのに彼が今日、なぜかが生活している別棟にわざわざやってきた。
「まあいいや。ちょっとお前に頼みたいことあるんだよ」
「?」
おい、とミルキが背後に声をかければ黙って執事がそっとにある包みを差し出してきた。首をかしげるに執事はその包みを開けて見せた。
「ハートちゃん」
「お前も観てるのか。今話題の「ときめき魔法少女♪ハートちゃん」のコスチュームだ」
テレビはほとんど観ないだが日曜日の朝の番組だけ、彼女は朝早起きして観ている。その時はテレビから約一時間ほど、離れない。
その中の番組のひとつが「ときめき魔法少女♪ハートちゃん」である。どじで間抜けなヒロイン心が魔法の力で変身し、ときめき魔法少女♪ハートちゃんとして悪い敵を退治するというファンタジー魔法もので、これが今人気沸騰中なのである。
は知らないがこのハートちゃんというのがいわゆる大きなお友だちにも人気で、まだ大きすぎはしないがもう卒業しても良さそうなミルキもアニメを欠かさず観ているお友だちの一人だった。
「お前、これでハートちゃんになりたいって思わないか」
「……」
実はこのヒロイン心がと似ている。もほんの少し、似ているなと思ったぐらいには。
黒い髪、ゆるやかなウェーブのかかった髪を二つ結びにして、普段はどじで間抜けですぐに泣くのだが変身すると二つ結びを頭の上で高く結び名前の通りハートをモチーフにしたピンクと赤を基調とした可愛らしいコスチュームでハートのステッキを振って戦うのだ。
「ずっと誰かに似てると思ってたんだよ。お前じゃん」
「……」
の瞳は執事が手にしているハートちゃんの衣装にくぎ付けだ。ミルキの言葉も話半分。いつも画面の中で元気に戦うハートちゃんの衣装。いいなと、かわいいなと思っていた衣装。
いつまでも黙っているにさすがのミルキも不審に思ったのかおい、と肩を叩いた。
「着ていいの?」
「写真撮らしてくれんなら」
後ろの執事が一眼レフを首にかけている。この家では様々な技量を求められる。時にプロも驚きの裁縫技術や撮影技術なども含まれる。
もう準備は万端だと言わんばかりのミルキの申し出には衣装を見ていたかと思えば不安と期待を入り混じった瞳でミルキを見た。
「ステッキもある?」
この年頃の女の子が一度は憧れるものが目の前にあるのに手を取らないわけがない。本物さながらの衣装とステッキ。無理もない。
ミルキは釣れた、と内心ガッツポーズだった。
そばに控えていたミクリが隣の執事に目配せをし、執事も頷いていたことなんて、誰も知らない。
「ほんとにそっくりだな!」
着替えて出てきたは頬をほんのりと赤らめて、部屋に置かれていた姿見の前でぴょんぴょん飛び跳ねてみたり後ろ姿を確認したりで忙しい。
頭の高い位置でツインテールをし、髪留めには赤いハートの飾り。白地に淡いピンクと赤がハートをモチーフにした模様で描かれている。手袋だけは何の飾り気もなく真っ白で、その手に赤いハートがついたピンクゴールドのステッキ。パニエのきいたスカートは歩く度にぽんぽんと揺れる。
瞳の色だけが違ったが後はかなり似ている。ミルキは満足そうに頷いていた。
「ハートちゃんだ」
この家に来る前の番組でも変身セットのCMを見る度にはいいなと思っていたのだが祖母には駄目だと言われたし、ここでは言えるはずもなかったのに今日目の前に出てきたのは変身セットなんてものではなく本物みたいな衣装だったのだから、が頷かずにいられるわけがない。
「写真だ写真! ちゃんとセットしたんだからな!」
そもそもこの家自体が一般人から見ればセットみたいな家なのだがミルキはわざわざ後から背景を合成できるようにとブルーシートの撮影場所と一応室内での撮影場所を簡易ではあるが執事に作らせていた。
は普段ならこのあたりでおとなしくやめていたのだろうが何しろ憧れのハートちゃんになれたものだからいつもよりハイになっていた。約束通りにミルキの言う、そしてがよく知るハートちゃんのポーズを撮ってもらい、全員大いに盛り上がった。
「この時が一番、かっこいい」
「そうなんだよ可愛いじゃなくてかっこいいんだよな。お前わかってんじゃん」
その後なぜだかそのままハートちゃんの衣装を着たままはミルキとハートちゃん談義に花を咲かせている。なお、この日はの修行は休みの日かつイルミが仕事で家にいない日だった。もちろん、ミルキは狙ってこの日にを訪ねた。
「意外と話がわかるやつだな……そのステッキはお前にやるよ」
「!」
衣装は等身大の人形に着せると意気込んでいるミルキは若干十一歳だが立派にオタクだった。金のあるオタクは際限を知らないので彼はそのままどんどんエスカレートしていくのだがまだそれは先の話である。
は手に持ったままだったステッキを目線のところまで持ち上げ爛々とそれを見つめた。ハートちゃんとお揃いのステッキだ。それも本物さながらの。
「ありがとう、ミルキ」
「まあ俺も面白かったし。さて、そろそろイル兄が帰るだろうし、戻るかな」
「うん」
もさすがにイルミにこのハートちゃん姿を見せる気はないらしい。
ミルキもも楽しかったがイルミがこの楽しみを解することは万が一にもあり得ないからだった。そのぐらい、でもわかる。なにより何しているのかとあの目で冷めた口調で言われるのがは嫌だった。なので早く着替えようとぴょいと椅子から降りる。
「あ」
「? なあに?」
がひょいと振り返る。その姿が一瞬ハートちゃんのようだなとミルキはドキッとしたのだがすぐにああ、と思い出したことを口にする。
「答え教えろよ。お前、なんでそんなにイル兄のこと好きなの?」
ハートちゃんも目的だったがミルキにとってはこれも目的だった。
お世辞にもイルミは良い兄とは言えない。ミルキはイルミに教育を受けたわけではないにしても、自分より下の弟が兄に教育されている様を見てきた。暗殺一家の長兄としては至極順当な判断で教育を施しているのだがそれが一般的な家庭の人間から見ればまともでないことはミルキにはわかる。かといってそれを否定する気もない。自分の家はそうなのだと、彼は受け入れているからだ。
しかしは違う。この家の人間ではない。それなのになぜかイルミを慕って、先日はご褒美だということでイルミと一泊二日の小旅行に行っていた。
ミルキにはよくわからないのだ。イルミの何がそんなに好きなのか。
「……ハートちゃんは、悪い心が見えるでしょ?」
「は? ああ、敵は悪いやつらに悪い心をふきこまれてるもんな」
「ハートちゃんと、ちょっと似てる」
初めて瞳を見たときに、にはその人が良い人か悪い人かわかるよ。それでね、これだ! と思ったその人は、大事にするときっと良いことがあるよ。
それが、が一番大事にしている父からの言葉だ。
「イルミは、宝石みたいにきらきらしてた」
ミルキにはが何を言いたいのかなんてさっぱりわからなかったが、なんとなく、とりあえずはイルミが理屈ではなく、感覚的に好きなのだなと理解した。
そして同時にかなりの物好きだと改めて認識した。
「まあ、また面白そうなアニメあったら教えてやるよ」
「ありがとう。でも、しゃべりながら食べるの、やめてね」
うるさい、と言いながらもミルキは笑ってお菓子袋を持っていた方の手での頭を撫でた。はそれでも顔を顰めていたけれど。
(魔法をかけて?)