バーネスの花祭りは三日間に渡り開かれる。街中のいたるところに花が飾られその三日間、国中に花が溢れる。
 初日と二日目はプロから一般参加まで多くのグループがパレードに参加して非常ににぎやかな催しが多い。三日目は後夜祭のようなもので真っ赤な花が街に溢れる。どんな花でも良いから赤い花を家の玄関扉や店の入り口に飾るのだ。そして人は大切な人に赤い花を一輪捧げる。それは家族でも友人でも恋人でも誰でも良い、大切な人に渡すのだ。
 このロマンチックな祭りは二日目から三日目にかけて滞在するという観光客が多く、一日目は身内向けの内容が多い。
 五月の終わりにこの祭りは行われる。新しく芽吹き花開いた命に対して感謝をささげ、そしてこれから成長していくものに対して祝福を贈るのだ。

 はこの冬よく耐えた。この花祭りを目標に数か月。季節の通り厳しく辛い冬を乗り越えた。あわや凍死しかけることもあった。死にかけることだらけだった。そのすべてを何とか冬と共に乗り越えたのだ。
 近々バーネスに行くよとイルミから宣言があった日、おやつは豪勢だった。ゴトーがにこにこと、今日は特別ですと、彼手製のお菓子を振る舞ってくれた。

「空、高いね」
「飛行船に乗ってるからね」

 当り前だろうとイルミは気だるげに本を読んでいる。何やら次の仕事のために必要な知識らしく、最近イルミはの修業の片手間読書に忙しい。彼の暗殺業はただ殺すだけでなく、時に相手に近づくためにも多くの知識と経験が必要になる。まだまだ彼もと同じく修業中の身である。
 そんな二人は花祭りの二日目と三日目、一泊二日という、からしてみれば予想以上の、泊りがけのご褒美となった。もちろん合間に出先でできる基礎訓練はあるものの、二日間、はイルミと二人でバーネスの花祭りを楽しむこととなった。
 飛行船でおよそ四時間。昼過ぎに到着予定。もう間もなくである。

「イルミは行きたいところ、ある?」
の希望だから好きにすればいいんじゃないの?」

 本当は日帰りという案もイルミの中にはあったのだが移動にかかる時間と子供の睡眠時間を削ることはまかりならん、という健康的な方針を考慮した結果一泊が妥当という結論に達した。それに、ゼノの「せっかくだから目いっぱい楽しんでくればいいじゃろ」という一言も後押しとして大きかった。イルミに委託していても依頼受注元はゼノである。
 本決まりとなってからのはゴトーに自ら願い出てバーネスの観光雑誌を見て、読めない文字は自分から辞書を引き、毎日寝る前ににこにこそれを見ていた。修行の合間にゴトーやゼノにここに行きたいのだとか、どこに行けば面白そうだとか、一生懸命に相談をしていた。
 当のイルミにはなぜだか一言も相談せずに。

「……イルミは、調べてないの?」
「? なんで?」

 調べる必要性は皆無だと、その口ぶりからうかがえた。
 問題はその理由だが。

が行きたいし調べてるんならオレが調べる必要ないと思うけど」
「……」
「何?」
「なんでも、ない」

 なんでもないという割に頬は膨れているし唇はへの字に曲がっている。そばに控えている執事は黙ってはいるが内心に同情の念を送っている。
 彼女の名はミクリ。の監視兼世話係として一番時間を共にしている。異性ということもあり、細かな世話は同性のミクリに任されているし、実質責任者になっているゴトーには他にも仕事が多くある。だからミクリという常駐の執事がいるのだった。
 ミクリは無表情かつ口数が非常に少ないので普段は必要最低限の言葉しか口にしない。そのため実は心の中での独り言が多い人間だということをはまだ知らない。

「間もなく空港に着陸いたします」
「だって」
「うん」

 花祭りはまだ、遠い。





 桃色に黄色に、白にオレンジ、青に藍色に紫、それから添えるように淡い緑に負けないぐらい濃い緑。
 バーネスの街は足を踏み入れた瞬間花でいっぱいだった。

「……鼻がやられそうなぐらい花の匂いばかりだ」
「良い匂い」

 植物の香りで街は満ち満ちていた。通りを歩く人間も何かしら花を身につけている。体に花のペイントをした人間も多くいる。店は花にちなんだ、もしくはこじつけた商品をところ狭しと売っているしその賑やかさに街の人間以外も皆つられて軽い足取りだ。
 その光景を見たイルミはいつも通りだったがの方はぱっと顔を輝かせていた。ふらふら。人が多いというのに構わずあっちへこっちへとまだ街に入ってすぐだというのに忙しい。

「……」
「ミクリ、言いたいことがあるなら黙ってないで言えば。鬱陶しい」

 ミクリは今回監視兼世話係なので今から宿にチェックインをし二人が街を散策して帰って来たときの準備を整えすみやかに監視に戻るという任務がある。なお、イルミから執事の無駄遣いだという言により今回一日中付くのはミクリのみだ。しゃべらないのでいいだろうと思ったイルミだったが誤算だった。なぜかミクリの視線がうるさい。

「手を、繋いでみてはいかがでしょうか」
「片手がふさがるだけで効率の悪いやり方だ」

 はいつの間にか二人の視界から消えていたが気配は二人ともしっかり捉えている。彼女のオーラは二人にとっては感じ慣れたものだ。
 ミクリはただイルミに言われるがままに従っていたが、今回ゼノからとある命を受けていた。ミクリはイルミよりもゼノの命令を重要視した。

様の、訓練に対するご褒美ならば、それもご褒美のうちだと思います」
「……じいちゃんか」

 ミクリは黙っていたがつまり肯定である。
 お祭り騒ぎの街で無表情の二人が淡々と会話を続けると非常に不気味で人々は修羅場かと二人を避けて通っていく。

が望むことはしてるだろ」
「真のご褒美とは予想外の望んだものがやってくることです」
「……今日はよくしゃべる」
様の一番の笑顔を撮って帰る任務があり、そのためにイルミ様への発言も許可されました」

 下手をすればイルミの針の餌食になりかねない危険な任務なのだがミクリはこの特別任務の報酬を写真の焼き増しで手を売っている。長く見ている分、今回の旅では針はおそらく出番がないとミクリは踏んでいる。
 イルミはミクリを一瞥し、そしてあからさまなため息をついた後、立ち止まったらしいオーラの持ち主の元へと歩き出した。
 さて、花祭りはまだまだ始まったばかり。


(花の舞台は目前に)