「膝を抱えているのは寒いからだよ」
「うん」

 私が小さく膝を抱えて丸まっているところになぜかやって来たイルミは気配からして私を見下ろしている。私がこうしているから来たのではなくうちにやってきたところ、気配はするのに動かないから見に来ただけである。来てくれただけ幸運だ。気が向いてない時なら彼は私を放置したまま私の家で勝手に過ごしている。
 少しばかり落ち込んで、少しばかり悲しくなっている私はこの街に住み働く人間だ。
 私の家は彼がこのあたりで仕事をする為にたまに仮宿とされる。彼の職業も知っているが私も表より裏寄りの人間なので特に珍しい職業でもない。ただ彼の顔と名前を知っている私が未だに生きているのが不思議だ。家主だからなのか何か他に理由があるのか、私はイルミに殺されることなく観察される対象だった。
 私の寒いと言った理由は夏場で空調も適温の中ではあからさまに嘘だったけれどイルミはそんなことどうでもいいみたいで指摘すらしない。

「イルミ、ごはんたべたい」

 悲しい気持ちになっている時は空腹であることが多い。だからそれはイルミに食べさせてほしいというよりはただお腹が空いたことを確認するつぶやきに過ぎなかった。

「うちの料理、毒入りだけど」
「イルミんちいっていいんだ」
「いや、許さないよ」

 予想外の返事に一瞬心がざわついたけれどイルミはイルミだった。
 じゃあなんなんだと蹲っていた顔を上げ、やっぱり見下ろしていたイルミを見上げてみたけど、やっぱりやめたと、次の瞬間には立ち去られていた。なにがやめただ。家に招待する気分であったことなのかここで過ごすことをなのかそれとも全てなのか。次に来るその日までわからない。それに次会った時、イルミはこの話題なんて欠片も覚えてないに違いない。そういう人間である。
 それなのに私は奇妙な発言に取り憑かれたかのように、とりあえず毒入り料理の克服を真剣に考えてもいいかもしれないなと、落ち込んでいたことも悲しいことも忘れてすっくと立ち上がっていた。


(きみの細胞の一部になりたい)