私の家系は鬼といわれる一族だ。私の親の親の親のそのまた親の、つまりよくわからないぐらい昔から、私の家系は頭領に死ぬまでついていけ、が家訓のような気持ち悪いぐらい頭領への執着を見せた忠臣の家だった。何がきっかけかはよく知らない。私の生まれた頃にはすでに父は頭領に一生を捧げると勝手に決めてかかっていたし、娘の私にも当然それを押しつけてきた。
「頭領、幕臣のお偉方に出す書類、出しておきましたよ」
「ああ」
現在の頭領は福地桜智。私の仕えるべき主なのだが、この人の変わり者っぷりは傍にいてもよくわからない。
ただ最近の彼というのはある日をきっかけにして大きく変わった。
「今日この後は?」
「今日? ゆきちゃんのところへ行くよ」
きらきらと、目を輝かせて言う名は最近現れた龍神の神子の名だ。彼は神子来臨の際その姿に目を奪われていた。私も傍で見ていたが、確かに美しかった。
しかし彼の陶酔っぷりは常軌を逸脱しており、彼の今までの人生からは考えられぬほど、彼はその感情を大きく揺れ動かして見せた。
「幸せそうで何よりです」
神子に夢中でも仕事はきっちりこなすし何の問題もないけれど、ほんの少し、いや、盛大に、妬ける。神々しい光を身にまとってあの心動かさぬ人と思われた頭領の心をあっさりと動かし掴んで離さぬ年端もいかぬ、ただの少女に私は盛大に妬いている。
そう、あの子は神子という名のただの少女だった。
「頭領は、私のことなど見てくれませんからね」
「……? 見てるつもりだけど」
そういう意味じゃない。人のことには聡いというのに自分のことは、特に色事はすべて知らぬ存ぜぬ。時折、殴りたくなる。
「私が振り向かずとも、君はいつもすぐそばにいるだろう?」
「……っ。頭領……あんたって人は……」
負けた。諦めた。どうしようもないのだ。私はこの前しか見ていないわけのわからぬ頭領の背中を一生追い続けるしかない。追い続けたいと思ってしまった。
そう。時折この、私の心臓を鷲掴みにして、盛大に殺しにかかってくる無自覚の鬼を、どうしようもないほど、私は愛している。
(背中)