「あの!」
「どうしたの?」
キラキラ王子様スマイル。城中の女性を一撃で落とす必殺技ではなかろうかと思う。実際王子様なのだ。王子様スマイルも比喩ではなく名前の通りだ。
その笑顔を目の前にあっという間に赤くなる頬を感じながらも私はなんとか握りこぶしを作って頑張る。
「王子、あの、ですね」
「うん?」
「……だ、だめえ」
頑張れなかった。
途端にキラキラと輝いていたはずの王子様スマイルは崩れる。眉間にシワが寄り私のことを睨むように見てくる。睨んでいると思う。王子はそんな顔しない。つまり彼は王子ではない。
ここは城の中だけれど、私は城で働く下っ端。王子とは普段接点なんてない。接点があるのは目の前にいる王子そっくりと名高いロイだった。
「何がダメだ何が」
指でおでこをつつかれてうう、と声が漏れる。ダメという意味にはたくさんの意味があるのだけれどそれをいちいち聞いてくれるロイではもちろんない。でも答えないとそれはそれで怒るから私は自然と眉がハの字になるのを意識しながらも一応は彼の問いに答える。
「だって、似てるロイの顔ですら王子に見えてもうクラクラするんだよ? 本物を前にしたら私心臓が鳴りすぎてしんじゃうよう」
「アホかお前は」
王子に一目ぼれをした私のためにロイが王子様役をしてくれることになって早数日。目の前のロイは王子と同じ銀髪のカツラをつけてくれて本格的だ。それなのに成果は芳しくない。
王子、と言ってロイの顔を見るだけでいつも遠くから見かける王子のさわやかな笑顔が二重に見える。その残像の光だけで私はいっぱいいっぱいなのだ。
人と話すことは得意な方ではなく、誰に対しても自己紹介するだけで緊張する。相手が憧れの王子様となると難易度はさらに上がる。実のところ似ているロイとこうして普通に話せるまでにも随分時間がかかったものだ。
このままではいつまで経っても王子に名前を覚えてもらうどころか存在を認識してすらもらえないかもしれない。頭を抱えて唸っていた私とそれを呆れた気配で見下すロイのところに誰かが来たようだった。
「何してるの?」
「ロイと対王子様対策をって王子!?」
「ああ、ここ最近悪戯しないのはそういう訳だったんだね。ロイ?」
王子様が私の隣にいた。目の前にロイ。なんだろう。何なのだろうか、この豪華な組み合わせ。夢じゃないかしら。でも王子のすぐ後ろにはリオンちゃんが控えている。本物だ。当たり前だ。本物に限りなく近いロイは私のすぐ隣にいる。
ロイとは違う青い瞳が優しく私を見ている。私は気の利いた一言もなにもなく、金魚みたいに口をパクパクさせていた。ただその青い瞳を凝視しようとして失敗して顔をまともに見られずに王子の首元ばかりをじっと見つめている。目を逸らすなんて非礼はできないどころか体が硬直して動かなかった。硬直して良かった。動いていればきっと私の脳内で不敬罪が確定するところだった。
そんな私の挙動不審な様子に気づいているだろうに王子は何かを言うどころかねえ、と優しい声を私に注いでくれた。
「もしかして、僕に話したいことがあった?」
「は、はい! 私、普段からその、人と上手にしゃべれなくて、だから、その」
「うん。ゆっくりどうぞ」
「あ、ありがとうございます。あの、それで、えっと、……王子とお話、したくて、でもロイが王子みたいに話してくれてたんですけど、あの、うまくいかなくて、でも王子が、あの、リオンちゃんもいて、えっと、それで、後ろでロイで……?」
「慌てなくても良いよ」
ちゃんと聞いてるからとほほ笑んでくれている王子が神様みたいだった。私の支離滅裂な言葉だってきちんと聞こうとしてくれている。王子は仲間の話に耳を傾けてくれるって本当だと思う。それもとても優しい。
私はこれでも思った以上にしゃべっていることに感動を覚えて、そして王子の優しい言葉に勇気をもらった。だから、もう一度頑張ろうって口を開けばぐいと後ろから腕を引っ張られたときには驚いた。
気付いたらカツラを取ったロイに引っ張られてた。
「王子さん、こいつまた今度な」
「え、ロイ?! 王子、申し訳ありません! ロイ、なに?!」
「……分かりやすいね、リオン」
「へ? なにがです?」
こういうものは女の子の方が聡いのになあとかなんとか遠ざかる王子は呟いてたけどさっぱりだった。そして遠ざかっているのは王子ではなく私だったのだけれど。
加減もされずにロイに引っ張られている腕が痛かった。
「ロイひどいよ。王子とお話できたのに」
「あんなんじゃあれ以上無理だっつの!」
引っ張り回すだけ引っ張り回したロイは王子を追いかけるには遠い場所まで私を連れ去ったかと思えばぶん! と手を離してしまう。そうして機嫌が悪そうにさっさと私を置いてまた歩き出してしまう。
なんなのだ!
私がせっかく会えた王子との会話の機会を奪われたのだ。そう、滅多にない時間だ。それを乱暴に奪い取ったロイに対してふつふつと怒りが芽生えてくる。手伝ってくれていたそのことも忘れて私は遠ざかる背中に怒りの叫びをぶつけていた。
「ロイのばか! きらいよ!」
「うるせえ! てめえがわりぃんだよ! こっちだって嫌いだ!」
そう言われると自分から言ったのになんだかロイに見放された気がしてきてどんどん悲しくなってしまった。
振り向いて嫌いだと言ったロイが途端にぎょっとして私を見ていたのは私が泣きかけていたからだと気づいたのはロイが何かを言いかけて、でも逃げるようにその場を去ってしばらくしてからだった。
そうしてその日ロイに振り回された私が王子とリオンちゃんに慰められるのはまた別の話である。
title:afaik