鈍い音がした。それから彼女にやってきたのは冷たい感覚である。顔に当たった衝撃で一瞬視界も途切れた。
 声にならない悲鳴を上げてみれば少し離れた場所でげらげらと笑い声がした。

「よっしゃ!」
「テッド! よっしゃ、じゃない!」

 顔の真ん中にストライクを決めてくれた相手を睨んでやれば楽しそうな笑顔で返された。
 一面銀世界の中、今日は絶好の雪合戦日和といえるだろう。だからといってマクドール邸の目の前に来た途端に雪玉を問答無用で当てて良いかは別の話だ。雪遊びは今日の訪問の目的といえばそうだがシャオは膨れ面だ。
 お屋敷の中に入る前から姿を隠したテッドが先制攻撃を決め込んだのだ。ティルは雪玉を投げ込んではいないがその姿は見えないのでどこか物陰に身を隠しているのだろう。

シャオ、早くしないとまた当てられちゃうと思うよ」
「!」
「そういうこった!」

 無防備なシャオへ建物の影からの助言が入る。それに従いシャオはすぐさま身を隠そうと動き出す。もちろん相手もそこはわかっている。牽制として何個か雪玉を投げてきた。シャオの足跡をなぞる様に雪玉が宙を舞う。

「テッド! 容赦なさすぎ!」
「真剣勝負っていったのはお前だろ!」

 確かに雪合戦をしようと昨日提案したのはシャオだった。雪が降りだし、次第に白く景観を変える外の様子に嬉々として友人二名の翌日の時間をもぎ取った。南の島国出身のシャオにとって雪合戦が出来るほど積もることは珍しかったのだ。こちらに来てからこれが当たり前だと聞いて驚いたものである。

「俺も容赦しないよ」
「ティルまで早々にそんなこと言う!」

 昨日話して個人戦という形をとることになったが身のこなしに関してシャオと二人の間には大きな差がある。二人共が本気を出せばシャオなどたちまちのうちにやられてしまうのは明らかだった。にやにやと笑うテッドににこにこと笑うティル。シャオは顔を顰めて二人の姿がどこにあるのかを確認する。互いの顔は見えていないが妙に緊張した空間となっている。
 シャオが真っ先に陥落するのも時間の問題かと思われたが屋敷の影から軽やかな声が飛んだ。

シャオさ、俺と一緒にテッドを倒そうか!」
「さっすがティル! 乗った!」
「はぁ!? それってずるくねえか!?」

 返事は一瞬。正面の死角のない場所に立つシャオの目に入るようにティルが物陰から顔を出せば雪の積もる寒さにも負けない輝く笑顔だった。シャオも負けじと満面の笑みで返事をする。
 一気に形勢が変わったことに焦るテッドだがティルとシャオはもうすでに目と目を合わせてやる気満々だった。

「女の子に雪玉当てるなんて俺にはとても出来ないよ」
「ティル、顔が笑ってる」
「なんにしろ俺がめちゃくちゃ不利じゃねえか!」

 きゃんきゃん喚くテッドに二人の結束を破る術はない。ティルは完全にテッドで遊ぶ顔だ。それに乗らないシャオではに。シャオだけならテッドも勝てたがそこへティルも加われば単に負けるだけでなく、相当面倒なことは明らかだった。

「ぜってー負けねえからな!」
シャオ、俺たちなら出来るさ」
「うん。打倒テッド!」

 朝から元気ですねえ。
 朝食を作るグレミオが外の声を聴いてのんびりと呟いたところでちょうど戦いの火蓋は切って落とされた。



(雪上大作戦)