「へえ、ここが新同盟軍の本拠地」
「結構大きいね」
「うん。これは都としても十分だし、城塞としても機能するから実用性一番って感じだ」
その日、二人の旅人が湖側から本拠地にたどり着いた。その二人は今は真正面から本拠地を眩しそうに見上げている。
快晴。雲は白いものばかり。風は穏やか。日差しもそう強くはなくまさに探検にはピッタリの天気である。
「……」
「、出歩きたくないのなら私一人で行くけど?」
「いや、うーん……ちょっとこう懐かしい気配がするからどうしようかと」
は首を傾げた。懐かしい気配を感じるのなら喜ぶところである。のように困ったように立ち止まり中に入ることを躊躇ったりはしないはずである。
その不思議な様子には納得がいかなかったのだが次の瞬間軽く手を打ちそのまま左手で隣のの方を軽く数回たたいた。思い至ればなるほど、中に入るのを躊躇うわけだった。
にやにやと楽しそうに笑いそのまま左手で隣の少年の肩に腕を回し耳元で囁く。
「家出少年、だったね」
「……思い出してくれて何より。ま、あいつは連れ戻すタイプじゃないけどね」
気配が近くにいるというものではなく、紋章という意味なのは周りに二人を注目する気配がないので理解した。それに、なんとなくだがこの本拠地に足を踏み入れた瞬間から他とは違う雰囲気があるのだ。それがの言う気配と同一のものかにはわからないがよそとは違う変わった土地のようだった。
「連れ戻されないなら、会いに行こう。どこ?」
「行くの?」
「行きたくないの?」
は躊躇ってこそいるが嫌がってはいない。あいつ、と称した相手も嫌ってはいないようでむしろ声には親しみさえ込められている。
はてっきり会いたいのだと思ったのだが呆れられるかもなというの煮え切らない様子に何がなんだか分からない。
入り口に立っていると人の邪魔になるので早く行き先を決めないと要らぬ目を集める。ももそうした視線を気にする人ではないが不必要に視線を集める意味もない。早くしろという瞳に負けは行くと返事をしたのだった。
会う前にまずは今晩の寝床の確保である。無事に二部屋確保し、二人はの懐かしい相手に会いに行くこととする。その際念のためにとは外套を被って行動するというのだからは訳の分からないことだらけだ。
曰く、ここには勘が当たっていれば家出騒動を知る人間が何人かいるかもしれないと。今から会いに行く相手はが何しようとお節介を焼いてきたりはしないのでその点は安心して会える。ただ他にも知り合いがいた場合実家に通報もしくは連れ戻される可能性があるから顔を隠す必要があるというのだから面倒なことである。
「一体どれだけ盛大な家出をしたの」
「うーん、見つかるとうるさく言われる程度」
未だ曖昧な答えには呆れて閉口した。とりあえず随分とお坊ちゃんであったことは旅をしていれば自然と分かった。そしてその出自の割に戦に慣れているし戦争というものにも慣れているということも分かった。良いところの生まれであり戦いなれた少年。怪しいことこの上ないけれどにとっては信頼できる相手ではあった。
ただ家出に関することだけはさっぱりだ。何をしたらそんなに逃げ隠れるような家出の結果になるのか。もしかして王族等で継承争いでもあったのだろうかと邪推してしまう。
は迷うことなく目的地へと歩んでいく。
それにしてもかなり距離のあるところから気配が分かっていたのだから相手が紋章を放った直後だったのだろうか。も紋章について学び始めたばかりなので特定の気配を掴むことがどういう状況下でできるのかは見当がつかなかった。
本拠地は基本的にほとんどの地区を自由解放しているらしい。もも何のお咎めなしに城の中に入り込めた。が軽く城の入り口の兵士に挨拶すれば和やかに挨拶を返されたぐらいだ。治安が良いという証拠だろう。
城を真正面から入ってすぐ、ホールと呼べる大きな空間に行き着いた。ここが真正面の入り口かは二人には分からないが主要な入り口であることは間違いないだろう。奥には左右に繋がる通路に大きな階段があった。
は扉を抜けて迷うことなく右手へ真っ直ぐ歩んだ。その先には大きな石版がある。その傍らには緑の法衣を着た少年が気だるげに立っている。
は城というものに入るのが初めてではないがこれほどの規模でここまで自由解放されているところは見たことがなかったのでついついあちこちに目を取られてしまう。小さな子どもと目が合って手を振れば無邪気に手を振り替えされた。
「やあ、久しぶり」
「外套被った怪しい奴に知り合いはいないよ」
が話しかけたのは石版の前に立つ少年だった。チラリとを見るなり冷たく言い放つ様は冷たい印象を与える。わざと与えてるのかもしれない。暗に近づくなという意思表示である。
ひどいやつだなとは全く気にも留めていない。外套を脱ぐことすらしない。お互い分かっていてやったのだろう。
「盛大に紋章使って何してたんだ? 切り裂き?」
「うるさいくまを一匹しとめたところだよ。タイミングが合えば会えたのに、残念だったね。いや、運が良かったと言えば良いのかな」
「ビクトールの馬鹿生きてたのか」
「青いのと一緒にしぶとくここで星をやってる」
二人の再会の挨拶だったのだろうか。随分と殺伐とした内容だったが二人とも何も気にしていない。
ただ星という単語にが小さく反応し少年から石版へと視線を移した。少年はからへと視線を移す。
「何」
「……はじめまして」
睨むような視線に耐え一応挨拶してみればすっと視線を逸らされた。
石版を見ていたはそれに気付いてくすりと笑ったのだが少年は面倒くさそうに視線を逸らしたままだ。
「きみって人見知りして恥ずかしがるタイプ?」
「不必要な挨拶は避けるタイプだよ」
ふざけながらが言ってみれば冷たく返された。つまりと挨拶は必要ない。仲良くなる気など毛頭ないと言い切ったのだ。これ以上に失礼な人間はなかなかにいないだろう。言い返したときも少年はどうでもよさそうにを見なかった。
はさすがに咎めようと口を開いたのだががそれを制す。その笑顔は穏やか過ぎて何かの前触れと思わせるには十分なものだ。は大人しく従うことにする。触らぬ神になんとやら、である。
「挨拶もろくに出来ないの? 風の子?」
「……あんたこそ、何? 喧嘩売るようにしか話せないんだ、水の魔女」
「火炎の矢」
「切り裂き」
詠唱を破棄した攻撃を平然と繰り出す二人。悲鳴が飛び元々人はいなかった石版の周りがさらに静かになった。は軽くその場で防いでいる。魔防の高さがものをいう高等技術である。
お互いにらみ合い、そしてどちらからともなく口を開いた。
「よ」
「ルックだよ。まあまあやるね」
「そっちこそ」
不敵に笑い合う二人。それが二人の初対面だった。
「もう少し穏便にいって欲しかったんだけど」
常識人からの言葉は届かずただその場に霧散した。
(この世界をよく知ろう)