「悔しい悔しいくやしいー!」
「出直してきな、嬢ちゃん」
「……仕方ないな。俺が取り戻してあげるよ、」
場所はレイクウェスト。今日の船は既に出てしまったということで一泊が決まったのだが泊まった宿が悪かった。とはいってもレイクウェストは小さな村なのでそこしか泊まるところがなかったのだが、出会った相手がまずかった。
宿に入ってまず泊まれるかどうかを聞けば部屋は後一つしかないという。お互い顔を見合わせたが選択肢など他にないので了承した。色気も何もない旅の連れなのだが一応年頃の男女である。何もしないよな、という暗黙のルールを確認した上で部屋を一つ取った。
元々そう利用客の多い宿ではないらしいのだがトゥーリバーから新同盟軍に参加するという人々が増え宿は今目も回る忙しさらしい。狭くはないが広くもない宿は確かに宿泊客で賑わっていた。
部屋にこもっても仕方ないでしょうと荷物を置いて部屋を出るを放っておくわけにもいいかない。もその後を当然のようについていった。
「なんだ、今度は彼氏が相手か」
「が怖いからそういうこと言うのは、ちょっと」
「だから、さっきから私とは恋人じゃないって言ってるのに邪推するんじゃないこの不良男」
一通りレイクウェストを見終わり宿の一階で休んでいるところ、は目の前のシロウという青年に目をつけられた。
は回るときに買おうと思ったものを忘れていたため少し宿を抜けて買いに行っていたのだが戻って来たときには既には怒りに身を任せてシロウに敵意むき出しで挑んでいた。
「別に恋人に見えたから言っただけだろ?どう見てもそうしか見えねえよ、嬢ちゃん」
「、こいつから倍勝ち取って!」
「……はいはい」
シロウの前に無理矢理座らせられながらもは逆らわずにとりあえず頷いた。こういう手合いに反論しても無駄だということをはよくわかっている。
はちょっとからかうついでに賭け事でお金を落としてもらう気だったらしいシロウの手にまんまとハマったわけだ。チャコにからかわれたときはすんなりとかわしていたのにシロウの言葉に簡単に乗った。シロウの乗せ方が上手かったのだろう。もしくはの逆鱗に触れたか。
宿に戻ったが止める間もなく二人は「ちんちろりん」という賽の目を振ってその出た目で勝負する賭け事を続けた。最初は100ポッチ程度から始めたのだがいつの間にかは5000ポッチ負けていた。随分な大金である。
「、すぐ熱くなるから負けたんだよ? 簡単に挑発に乗らないこと」
「この低俗に負けたことが悔しい。普通ならこんな馬鹿の賭け事なんて乗りません」
「お前潔癖だなあ。ちょっとからかっただけだろうが」
「うるさい! どこがちょっと!?」
怒り心頭のに対してシロウは楽しげだ。本当にちょっとからかっただけだったらしい。はなんとなく想像がついた。大方部屋を一つにしたことでからかわれたのだろう。その手のことでが初心かどうかをは知らないが他に考えようがなかった。
我を忘れて怒るを見ては肩をすくめる。それから勢いに任せて立ち上がったを見上げて、一言。
「静かにしないと後で意地悪するよ?」
「ほら、彼氏も言ってるぞ」
「ち・が・う!」
恋人だとからかわれても平気な顔して流すのに今日のは随分と怒りっぽい。毛を逆立てた猫のように敵意をむき出しにし結局怒ったまま上に上がってしまった。に勝負を任せたことも頭から吹っ飛んだらしい。
足音でも立てそうなぐらいの勢いで階段を登った。扉を大きく音を立てて閉めたらしくこちらにまで音が聞こえた。が宿の人に睨まれるのだが当の本人は既に姿が見えない。
「なんであんなに怒ってるんだろう」
「あの嬢ちゃん近くのレストランでキノコスパ食っただろ?」
「食べたけど、それがまずかったの?」
「やっぱりな!」
じゃあ怒りっぽいのも無理はないとシロウはげらげら大笑いだ。はよくわからない。ただ周りの宿の酒場の常連たちはわかっているらしく「あの子も可哀想に」なんて苦笑いを浮かべている。
兄ちゃんかわいそうに、とか、シロウお前さっきのはなしにしてやれ、だなんて優しい声が聞こえてくる。キノコに何かがあるらしい。それが原因なら大負けしたが可哀想になるのだから一体何なのだろうか。メニューの紹介文が少し怪しい謳い文句だったそれをは面白がって頼んでいたのだが裏目に出たらしい。本日のオススメにしておいて良かったとは安堵の息。二人とも同じものを食べていたらと考えると恐ろしい。
ただ大笑いしたシロウはまだ種明かしはしないらしい。サイコロを持ったシロウはとりあえず一回な、と手の中でサイコロを鳴らしたためもそれに頷く。これから5000ポッチの大金を取り返すのだ。前哨戦を前にニヤリと笑った。
一回目は100ポッチを賭けたがシロウが勝った。はとくに悔しがることもない。シロウにとってはこういう相手こそやりにくいし勝ちにくい。先ほどのみたいに冷静さを失った相手は随分と勝ちやすい。多少かわいそうなことをした自覚はあったが生活のためだと結局は見てみぬ振りだった。まさか5000ポッチも落としてくれるとは思わなかったが。
「で、キノコに何か入ってたの?」
「あれな、レイクウェストの近くでしか採れない珍しいキノコなんだ。人によって差はあるんだけど食べたら怒りやすくなる効果があってな。レストランの親父が面白半分にメニューに入れてるんだ」
「それでには効果覿面だったと」
「そういうことだ。ずいぶんと可愛らしいカップルが一部屋とって可愛いことだと思って声かけたら顔真っ赤にして怒って、まあそのままちんちろりんをしてあれだ」
夜までには効果も取れるので身体に問題はない。そう言われてもにはいい迷惑だ。戻ったときに怒ったままのの相手をするのはだしキノコの愚痴を聞くのも。ついでにここで5000ポッチを取り返さなければ機嫌は急降下間違いなしである。
「これは、10000ポッチ稼ぐか」
「へえ。言うな、お前」
「これでも賭けは強い方なんだ」
数年前にとある船乗りや賭け事のプロ相手に大金を巻き上げ仲間の身包み剥がしてどうするのだと怒られたのがなのだがシロウはそんなことは知るわけがない。目の前の少年がどれだけ賭け事の神様に微笑まれているかも知らない。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべた彼に得体の知れぬ何かを感じ取った時点でシロウは立派に賭け事をする上での危険な勝負が分かっているのだが残念ながら逃れる術はない。
きっちり10000ポッチ。の宣言どおりシロウが涙を見るまで勝負は続いたわけである。
「……本当に10000ポッチだ」
「5000ポッチはの分。取り返したよ」
部屋で不貞腐れていたの元にやって来たは何てことないような仕草で先ほど宣言した通りのお金をに見せ、半分を渡してきた。
まさか本当にやり遂げるとは思わずは思わずを凝視した。
「強運の持ち主?」
「まあ、こういう勝負事は運が良い方だね」
ケロリと言い切ったを見て絶対賭け事で勝負するまいと誓った日だった。
驚きで怒りも飛んだのか、キノコの話をした後のは悔しがれど怒り狂うことはなく、は内心ほっとした。
「で、シロウさんにからかわれた通り一緒に寝てみる?」
「もうキノコの効果切れてるけど怒られたい?」
「冗談だよ」
結局お互いいつもより眠れなかったのはお互い内緒の話である。
(あたたかい人々)